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ILでは

 投稿者:  投稿日:2009年11月 7日(土)09時30分10秒
  わかりました。私の友人はかなりの田舎に住んでいるので、ILです。
近くにはSDA教会がないといいます。
こういう場合はどうしたらよいのでしょうか。
また女性で車も持っていません。
 
    (牧師) インターネットか電話帳で一番近いSDA教会を探し、そこの教会の牧師に電話をしてご相談してみてはいかがでしょう。訪問してくれたり近くの信徒が教会出席の交通の便を提供してくれることもあると思います。状況に合わせて一緒に善後策を考えてくださるでしょう。  

バプテスマ試問

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年11月 6日(金)22時40分3秒
  バプテスマ、および改宗を希望する人は、慣例として、教会で下の質問にすべて
Yesと答えられることが求められています。

1. Do you believe there is one God: Father, Son, and Holy Spirit, a unity of three coeternal Persons?

2. Do you accept the death of Jesus Christ on Calvary as the atoning sacrifice for your sins and believe that by God’s grace through faith in His shed blood you are saved from sin and its penalty?

3. Do you accept Jesus Christ as your Lord and personal Saviour, believing that God, in Christ, has forgiven your sins and given you a new heart, and do you renounce the sinful ways of the world?

4. Do you accept by faith the righteousness of Christ, your Intercessor in the heavenly sanctuary, and accept His promise of transforming grace and power to live a loving, Christ-centered life in your home and before the world?

5. Do you believe that the Bible is God’s inspired Word, the only rule of faith and practice for the Christian? Do you covenant to spend time regularly in prayer and Bible study?

6. Do you accept the Ten Commandments as a transcript of the character of God and a revelation of His will? Is it your purpose by the power of the indwelling Christ to keep this law, including the fourth commandment, which requires the observance of the seventh day of the week as the Sabbath of the Lord and the memorial of Creation?

7. Do you look forward to the soon coming of Jesus and the blessed hope, when “this mortal shall . . . put on immortality”? As you prepare to meet the Lord, will you witness to His loving salvation by using your talents in personal soul-winning endeavor to help others to be ready for His glorious appearing?

8. Do you accept the biblical teaching of spiritual gifts and believe that the gift of prophecy is one of the identifying marks of the remnant church?

9. Do you believe in church organization? Is it your purpose to worship God and to support the church through your tithes and offerings and by your personal effort and influence?

10. Do you believe that your body is the temple of the Holy Spirit; and will you honor God by caring for it, avoiding the use of that which is harmful, abstaining from all unclean foods; from the use, manufacture, or sale of alcoholic beverages; the use, manufacture, or sale of tobacco in any of its forms for human consumption; and from the misuse of or trafficking in narcotics or other drugs?

11. Do you know and understand the fundamental Bible principles as taught by the Seventh-day Adventist Church? Do you purpose, by the grace of God, to fulfill His will by ordering your life in harmony with these principles?

12. Do you accept the New Testament teaching of baptism by immersion and desire to be so baptized as a public expression of faith in Christ and His forgiveness of your sins?

13. Do you accept and believe that the Seventh-day Adventist Church is the remnant church of Bible prophecy and that people of every nation, race, and language are invited and accepted into its fellowship? Do you desire to be a member of this local congregation of the world church?

出典:
http://www.adventist.org/beliefs/church_manual/Seventh-day-Adventist-Church-Manual-17th-edition.pdf
 

もちろんです

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年11月 6日(金)22時17分25秒
  もよりのSDA教会にいらっしゃって改宗希望の旨を牧師、または集会所責任者に
お申し出下さい。信仰信条に合意する事が出来れば、簡単な信仰試問の上受け入れ
られるでしょう。
 

改宗について

 投稿者:  投稿日:2009年11月 6日(金)13時56分11秒
  今度SDAの教会に行きたいと思います。(嵯峨野ではありませんが)
私は洗礼を受けていますが、SDAではありません。改宗とかはできるのでしょうか?
 

詩篇58編

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年11月 4日(水)21時05分56秒
  聖歌隊の指揮者によって、「滅ぼすな」というしらべにあわせてうたわせたダビデのミクタムの歌

あなたがた力ある者よ、まことにあなたがたは正しい事を語り、公平をもって人の子らをさばくのか。
否、あなたがたは心のうちに悪い事をたくらみ、その手は地に暴虐を行う。
悪しき者は胎を出た時から、そむき去り、生れ出た時から、あやまちを犯し、偽りを語る。
彼らはへびの毒のような毒をもち、魔法使または巧みに呪文を唱える者の声を聞かない耳をふさぐ耳しいのまむしのようである。
神よ、彼らの口の歯を折ってください。主よ、若いししのきばを抜き砕いてください。
彼らを流れゆく水のように消え去らせ、踏み倒される若草のように衰えさせてください。
また溶けてどろどろになるかたつむりのように、時ならず生れた日を見ぬ子のようにしてください。
あなたがたの釜がまだいばらの熱を感じない前に青いのも、燃えているのも共につむじ風に吹き払われるように彼らを吹き払ってください。
正しい者は復讐を見て喜び、その足を悪しき者の血で洗うであろう。
そして人々は言うであろう、「まことに正しい者には報いがある。まことに地にさばきを行われる神がある」と。


洪水前の世界は不正と不道徳と暴虐に満ちたので滅ぼされました。現代の世界もま
もなく同じ理由で滅ぼされようとしています。洪水前の世界で救われたのはノアと
その家族だけでした。今また救われようとしているのは、神の贖罪の十字架のメッ
セージを受け入れた人々だけです。神に選ばれた人が救われるのではなく、神を選
んで十字架を共にすることを選んだ人が救われるのです(我々の罪のゆるしの為に
流されたキリストの血を受け入れる人が救われます)。しかしサタンはそうは問屋
が降ろすまいと、必死に欺瞞と不正と迫害の嵐を以って人々をキリストの十字架の
道から逸らさせようとします。誤った世界観(theodicy)やこの世の賢人の歪んだ
哲学を持ち込んで聖書の真理を修飾させようとします。それが今はどんなに些細な
違いに見えたとしても、それが暴虐です。なぜなら、その行き着く結果は文字通り
の暴虐、不正、堕落、恐怖政治、サタンの言うことに聞き従わない者に対する迫害
と云う形で現れます。大きい心でとか言って違った聖書解釈や思想を受け入れて地
上の異教や世俗の勢力と穏便に共存を図ろうとする人はかえって神を裏切り、鞭や
牙で聖徒を迫害する側に回ります。暴虐の世界は既に来ています。神はすべてをご
覧になっています。私たちはこの地上に神の義が回復されることを悪人に後ろ指を
指されようが関係なく単純に喜びます。
 

旧約聖書は今も

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年11月 3日(火)21時05分16秒
  嵯峨野教会牧師様

イザヤ書61章とヨシュア記22章のご解説を心より感謝致します。
動機も設立根拠も、聖書に基を置き揺ぎ無いものによって、
この嵯峨野教会が建てられているのだと感じています。

旧約聖書の出来事は、決して過去の出来事では無く、
現代においても、脈々と生きている出来事なのだと教えられます。

旧約聖書が、このようなダイナミックさを持つ事を、
証し、教えてくれる方とは今まで出会う事がありませんでした。
 
    (牧師) 旧約の時代と現代の違いは何であると思いますか。違うのは人々の生活様式と思想哲学のトレンドだけです。そのほかは何も違いがありません。だからこそ聖書の言葉は現在にも生きているのです。
あと、聖書研究の勘所としてその辺の牧師が恐らく教えなかったことをお教えいたしますと、新約聖書は旧約聖書の膨大な霊的データベースをキリストの霊が臨んで説明している書です。ですから、旧約聖書は新約聖書の光に照らして読んでください。
 

ヨシュア記22章

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年10月29日(木)11時28分6秒
編集済
  時にヨシュアは、ルベンびと、ガドびと、およびマナセの部族の半ばを呼び集めて、言った、「あなたがたは主のしもべモーセが命じたことを、ことごとく守り、またわたしの命じたすべての事にも、わたしの言葉に聞きしたがいました。今日まで長い年月の間、あなたがたの兄弟たちを捨てず、あなたがたの神、主の命令を、よく守ってきました。今はすでに、あなたがたの神、主が、あなたがたの兄弟たちに、先に約束されたとおり、安息を賜わるようになりました。それで、あなたがたは身を返して、主のしもべモーセが、あなたがたに与えたヨルダンの向こう側の所有の地に行き、自分たちの天幕に帰りなさい。ただ主のしもべモーセが、あなたがたに命じた戒めと、律法とを慎んで行い、あなたがたの神、主を愛し、そのすべての道に歩み、その命令を守って、主につき従い、心をつくし、精神をつくして、主に仕えなさい」。そしてヨシュアが彼らを祝福して去らせたので、彼らはその天幕に帰った。マナセの部族の半ばには、すでにモーセがバシャンで所有地を与えたが、他の半ばには、ヨシュアがヨルダンのこちら側、西の方で、その兄弟たちのうちに、所有地を与えた。ヨシュアは、彼らをその天幕に送りかえす時、彼らを祝福して、言った、「あなたがたは多くの貨財と、おびただしい数の家畜と、金、銀、青銅、鉄、および多くの衣服を持って天幕に帰り、敵から獲たぶんどり物を兄弟たちに分けなさい」。こうしてルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの部族の半ばは、主がモーセによって命じられたように、すでに自分の所有地となっているギレアデの地に行こうと、カナンの地のシロで、イスラエルの人々と別れて帰って行った。

ルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの部族の半ばが、カナンの地のヨルダンのほとりにきた時、その所で、ヨルダンの岸べに一つの祭壇を築いた。それは大きくて遠くから見える祭壇であった。イスラエルの人々は、「ルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの部族の半ばが、カナンの地の国境、ヨルダンのほとりのイスラエルの人々に属する方で、一つの祭壇を築いた」といううわさを聞いた。イスラエルの人々が、それを聞くとひとしく、イスラエルの人々の全会衆はシロに集まって、彼らの所に攻め上ろうとした。そしてイスラエルの人々は、祭司エレアザルの子ピネハスをギレアデの地のルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの半部族の所につかわし、イスラエルの各部族のうちから、父祖の家のつかさ、ひとりずつをあげて、合わせて十人のつかさたちを、彼と共に行かせた。これらはみなイスラエルの氏族のうちで、父祖の家のかしらたる人々であった。彼らはギレアデの地に行き、ルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの半部族に語って言った、「主の全会衆はこう言います、『あなたがたがイスラエルの神にむかって、とがを犯し、今日、ひるがえって主に従うことをやめ、自分のために一つの祭壇を築いて、今日、主にそむこうとするのは何事か。ペオルで犯した罪で、なお足りないとするのか。それがために主の会衆に災が下ったが、われわれは今日もなお、その罪から清められていない。しかもあなたがたは、今日、ひるがえって主に従うことをやめようとするのか。あなたがたが、きょう、主にそむくならば、あす、主はイスラエルの全会衆にむかって怒られるであろう。もしあなたがたの所有の地が清くないのであれば、主の幕屋の立っている主の所有の地に渡ってきて、われわれのうちに、所有の地を獲なさい。ただ、われわれの神、主の祭壇のほかに、自分のために祭壇を築いて、主にそむき、またわれわれをそむく者とならせないでください。ゼラの子アカンは、のろわれた物について、とがを犯し、それがためイスラエルの全会衆に、怒りが臨んだではないか。またその罪によって滅びた者は、彼ひとりではなかった』」。その時、ルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの半部族は、イスラエルの氏族のかしらたちに答えて言った、「力ある者、神、主。力ある者、神、主。主は知ろしめす。イスラエルもまた知らなければならない。もしそれがそむくことであり、あるいは主に罪を犯すことであるならば、きょう、われわれをゆるさないでください。われわれが祭壇を築いたことが、もし主に従うことをやめるためであり、またその上に、燔祭、素祭をささげるためであり、あるいはまたその上に、酬恩祭の犠牲をささげるためであったならば、主みずから、その罪を問いただしてください。しかし、われわれは次のことを考えてしたのです。すなわち、のちの日になって、あなたがたの子孫が、われわれの子孫にむかって言うことがあるかも知れません、『あなたがたは、イスラエルの神、主と、なんの関係があるのですか。ルベンの子孫と、ガドの子孫よ、主は、あなたがたと、われわれとの間に、ヨルダンを境とされました。あなたがたは主の民の特権がありません』。こう言って、あなたがたの子孫が、われわれの子孫に、主を拝むことをやめさせるかも知れないので、われわれは言いました、『さあ、われわれは一つの祭壇を築こう。燔祭のためではなく、また犠牲のためでもなく、ただあなたがたと、われわれとの間、およびわれわれの後の子孫の間に、証拠とならせて、われわれが、燔祭と犠牲、および酬恩祭をもって、主の前で、主につとめをするためである。こうすれば、のちの日になって、あなたがたの子孫が、われわれの子孫に、「あなたがたは主の民の特権がありません」とは言わないであろう』。またわれわれは言いました、『のちの日に、われわれ、またわれわれの子孫が、もしそのようなことを言われるならば、その時、われわれは言おう、「われわれの先祖が造った主の祭壇の型をごらんなさい。これは燔祭のためではなく、また犠牲のためでもなく、あなたがたと、われわれとの間の証拠である」。主にそむき、ひるがえって今日、主に従うことをやめて、われわれの神、主の幕屋の前にある祭壇のほかに、燔祭、素祭、または犠牲をささげるための祭壇を築くようなことは、決していたしません』」。祭司ピネハス、および会衆のつかさたち、すなわち彼と共に行ったイスラエルの氏族のかしらたちは、ルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの子孫が語った言葉を聞いて、それを良しとした。そして祭司エレアザルの子ピネハスは、ルベンの子孫、ガドの子孫、およびマナセの子孫に言った、「今日、われわれは、主がわれわれのうちにいますことを知った。あなたがたが、主にむかって、このとがを犯さなかったからである。あなたがたは今、イスラエルの人々を、主の手から救い出したのです」。こうして祭司エレアザルの子ピネハスと、つかさたちは、ルベンの子孫、およびガドの子孫に別れて、ギレアデの地からカナンの地に帰り、イスラエルの人々のところに行って復命したので、イスラエルの人々はそれを良しとした。そしてイスラエルの人々は神をほめたたえ、ルベンの子孫、およびガドの子孫の住んでいる国を滅ぼすために攻め上ろうとは、もはや言わなかった。ルベンの子孫とガドの子孫は、その祭壇を「あかし」と名づけて言った、「これは、われわれの間にあって、主が神にいますというあかしをするものである」。


ルベン、ガド、マナセの部族がヨシュアに労をねぎらわれて与えられた地に送られ
ましたが、その場所はヨルダン川の反対側であり、他の部族とは離れた所でした。
集団で近くに一緒に居られないことを不審に思う人もありました。また自らの中か
らも、集団の中心から離れた所に住まわされるのは、何か政治的な思惑の故に疎遠
にされたのではないかとか、逆に離れたのだから、もはや他の部族と同調する必要
はないのではないかとそそのかす誘惑もありました。そこでこの部族の人たちが考
えたのは、子孫がそういう風に考えないようにするために、思い切り目立つしるし
の碑を建てようという事でした。それを立てたために彼らの部族は他の部族から誤
解され、怒りを買いました。しかし彼らはそれでも構いませんでした。大きな祭壇
は、犠牲を捧げる礼拝を目的としているのではなく、彼らが召された使命の原点を
表すものでした。そのようなものを建てた動機を聞いたほかの部族の兄弟たちは、
ルベン、ガド、マナセの部族の決意にかえって感銘したのでした。

わたくし達も日本から追われてアメリカの地に根を下ろしましたが、日本の教会の
霊的衰微と道徳的堕落の報を聞きながら、日本に物理的に戻って伝道をすることが
出来ない状況にありますが、こうした状況で何が出来るかを考えた時に、私たちが
なぜアメリカに居るのか、また、日本にいてSDA教会に召されて第七日安息日を
守って信仰の戦いをしなければならないはずの親愛なる教会員たちはなぜ自らこの
教会にいるのかということを互いに思い起こさせるためには普通の常識的なもので
はない思い切り目立つしるしを建てる必要を思わされました。それで建てられたの
が嵯峨野教会です。嵯峨野教会はインターネット上に設定されたバーチャル教会で
あり、ここで動物の犠牲を捧げたり、犠牲の献金の領収を行うことはありません。
イスラエルのほかの部族が怒りを発したように、嵯峨野教会に対して怒りを発して
いる牧師がいるのは承知しています。しかし、我々は屈して嵯峨野教会を引っ込め
るような愚かなことはしません。原則を曲げるリベラリストに妥協することもあり
ません。ヨシュア記の記事にある立てられた祭壇のように嵯峨野教会も信仰を証し
て真実を求める魂に祝福を与え、原則を踏みにじりSDAの使命を語らない不信の
指導者を断固譴責する為に建てられているのです。
 

イザヤ61章

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年10月29日(木)11時19分0秒
  主なる神の霊がわたしに臨んだ。これは主がわたしに油を注いで、貧しい者に福音を宣べ伝えることをゆだね、わたしをつかわして心のいためる者をいやし、捕われ人に放免を告げ、縛られている者に解放を告げ、主の恵みの年と、われわれの神の報復の日とを告げさせ、また、すべての悲しむ者を慰め、シオンの中の悲しむ者に喜びを与え、灰にかえて冠を与え、悲しみにかえて喜びの油を与え、憂いの心にかえて、さんびの衣を与えさせるためである。こうして、彼らは義のかしの木ととなえられ、主がその栄光をあらわすために/植えられた者ととなえられる。彼らはいにしえの荒れた所を建てなおし、さきに荒れすたれた所を興し、荒れた町々を新たにし、世々すたれた所を再び建てる。外国人は立ってあなたがたの群れを飼い、異邦人はあなたがたの畑を耕す者となり、ぶどうを作る者となる。しかし、あなたがたは主の祭司ととなえられ、われわれの神の役者と呼ばれ、もろもろの国の富を食べ、彼らの宝を得て喜ぶ。あなたがたは、さきに受けた恥にかえて、二倍の賜物を受け、はずかしめにかえて、その嗣業を得て楽しむ。それゆえ、あなたがたはその地にあって、二倍の賜物を獲、とこしえの喜びを得る。主なるわたしは公平を愛し、強奪と邪悪を憎み、真実をもって彼らに報いを与え、彼らと、とこしえの契約を結ぶからである。彼らの子孫は、もろもろの国の中で知られ、彼らの子らは、もろもろの民の中に知られる。すべてこれを見る者は/これが主の祝福された民であることを認める。わたしは主を大いに喜び、わが魂はわが神を楽しむ。主がわたしに救の衣を着せ、義の上衣をまとわせて、花婿が冠をいただき、花嫁が宝玉をもって飾るようにされたからである。地が芽をいだし、園がまいたものを生やすように、主なる神は義と誉とを、もろもろの国の前に、生やされる。

イザヤ61章は私がバプテスマを受ける一ヶ月前の受験勉強中に与えられた聖書の言
葉です。どうやら神は私にこの箇所の通りにするように召されているらしいと思わ
れました。これが新約旧約を通して我々がSDAの教会員になる理由を最も雄弁に
力強く訴えているものだからです。以来私はこの聖書の預言の箇所の言葉の通りに
なることが出来るのかを考え続け、今日に至っています。お嫁さんを選ぶときも、
こちらから積極的に探しはしましたが、イザヤ61章の聖句をちらつかせてみて、何
を言っているのかピンと来ない人は、お引取り願いました。私の家内は、最初に会
った時、この聖句を語ったところはじめから終わりまで、これがクリスチャンにな
る奥義であることを語ったので、この人が私に与えられた人だと信じるのに30分も
かかりませんでした。これは結婚だけではなく、クリスチャンとして生きる人生の
全ての局面にわたって試される言葉です。私は今こうして嵯峨野教会を開催してお
りますが、これは伝道が自己満足や鬱憤晴らしなどの汚れた動機で行われるのでは
ないように、イザヤ61の使命を実現するのでなければ、あってはならないものとし
て始めたのです。霊的に低迷し病んだ教会を揶揄したり批判するだけではなく、自
ら立って、たとえ少しは人から憎まれることがあってすらも、自分が与えられて正
しいと確信できたことを戦ってでも証しなければならない、そして荒れ廃れた所を
率先して立て直そうではないかという事です。神の為に争う者は幸いです。私たち
は大争闘史観のTheodocyのみが聖書の世界観として正しいと言う立場で嵯峨野教会
を守っているのです。
 
    (牧師) 訂正  theodocy →theodicy  

ブログもあります

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年10月23日(金)23時00分0秒
  掲示板、ブログなどで検索すると必ず嵯峨野教会の「施設」がヒットするように計画されています。
http://yaplog.jp/jamais-vu/archive/12
 

大争闘は聖書の世界観の基礎

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年10月11日(日)07時29分40秒
  Theodicyという学問をご存知ですか。Theologyではありません。
これは、よい神様が支配しておられる世界なのになぜ不公平があるのか、なぜ悲惨
な事故があるのか、戦争があるのか、救われる人と滅びる人がいるのか、全能で公
平な神がおられるのになぜそういうことが起こるのかということを説明・研究する
ために作られた学問です。これはキリスト教だけではなく、仏教や他の宗教にもあ
ります。神学というのは実はこういうTheodicyの基本理解の上に作られて
います。ですからTheodicyの理解がずれると神学からなにから全てがずれ
て、人間の生き方までも影響を受けることになります。ですから、はじめの時点で
正しい世界観を持つことが如何に重要か強調しすぎることはありません。

キリスト教の中でのTheodicyの流れには二つしかありません。一つは聖ア
ウグスチヌスからのものと、カルビンの弟子のアルミニウスのものです。アウグス
チヌスはが考えたのは、「神は絶対者であり、凡人とは無縁で、全知全能であり、
すべての人の生涯と運命をすべてご存知である」ので、誰がいつ生まれていつどの
ように死ぬのかも、誰と結婚し、誰が喜び、誰が苦しむのかも知っておられる。誰
が救われて誰が救われないかもご存知だ、というのです。神には神のタイムテーブ
ルがあり、神はそれによってのみ人の世界に働かれるという考えです。この考えに
従うと、神は現時点での人間の生活に関わっていない印象を与えます。その場合、
神が既に今後の予定をすべて知っておられるなら、人はなぜ祈るのか、なぜ伝道す
るのか、どうして危険を冒して伝道をするのか、という矛盾に突き当たります。神
は人間世界と超絶しておられる恐るべき神聖な存在なので人間のためには滅多やた
らに動きません。神は既に我々の状況をご存知なのだから、我々は何を言っても意
味がないという考えです。それは日本古来の神観と似ています。その神を動かすた
めには、我々人間が、信仰に熱心になり、陳情で拝み倒すように祈り、人間として
できる限りの事をすれば、或いはもしかしたら動いてくださるかもしれないと考え
ます。しかしこの考え方はセブンスデーアドベンチストの教会の中にすらも広く入
っています。アウグスチヌス的世界観はカトリックの世界観でもあります。カトリ
ックの信仰の定義は「神様の心を動かして心変わりさせるほどの力」です。あなた
が、運命の流れのまえに、神はすべてご存知なのだからといって自分を納得させよ
うとするなら、あなたは既にカトリックなのです。この考えをさらに推し進めると
キリストの十字架の意義も変ってきます。神は既に誰が救われ誰が滅びるかを知っ
ていたが、一応神の愛をデモンストレーションして一応救われるとわかっている人
が義となるために十字架にかかられたという考え方も生まれ、そうなると、十字架
そのものの意味も形骸化し、十字架がなくても救いには関係ないんじゃないかとい
う主張も生まれるのです。

現在でもそういう世界観を継承しているのは、カトリック、カルビン派、長老派教
会です。

アルミニウスはカルビンの弟子でしたが、こうした世界観は辻褄が合わないことに
気がつきました。そこで考えたのは、神がすべて現在も未来もすべてお見通してあ
ることは受け入れられるとしても、人間の側のチョイスがあるのではないのかとい
う考察を持ち込みました。人が救いを受け入れるか否か、人生の決断をする自発的
判断の選択によって神の摂理が現れるという風に考えたのです。しかし、神はあら
かじめ戦争や事故、悲惨な出来事もあらかじめ知っているといいながら人間にもチ
ョイスがあると主張しているとまたそこで辻褄が合わなくなってきました。そこで
考え出されたのは、「悪い出来事は、神が人間によい事、よい判断が出来る助けと
するために与えられている」としました。つまりアルミニウスは悪いことも味方に
引き込んで、悪いことも神の摂理の為に容認していて、悲惨なことをも使って人間
に教えようとされているという理論です。よく教会でも試練があると、「神はそう
いう出来事を用いてあなたに忍耐を教えておられるのよ」という言い方を聞きます
が、それはアルミニウス的発想から来ています。しかし、そういう事を言っている
と「悪いことや悲惨な試練が来ないといけないのかな」という罪意識に襲われます。
神に祝福されているとかえって「私は神から見捨てられているの?」というヘンチ
クリンな理論に発展してしまいます。聖書には、悪いことはすべてサタンから来た
のであって、神がそうしたのではないと書いています。しかし、そういう矛盾を乗
り越えてアルミニウスがやっとこ辻褄合わせにたどり着いたのは、キリストの十字
架は全ての人の救いのためにあるが、その功徳を受けるためには自分から十字架の
下に取りに行って受け取らなければ発効しないと考えました。「納豆を下さい」と
言わなければ納豆が食卓に運ばれてこないように、神が救いますと言っていても、
自分がそこに行って、救いを下さいと言わなければ与えられないという救済観です。
アルミニウスの世界観ではアウグスチヌスの世界観よりも少し人が神に近いように
見えますが、結果的に、人間の行いの義を完全に排除していないこと、それどころ
か時には悪の力を借りても救われると言うような発想もあり、それであると、神の
力をかえって軽んじる傾向すらあります。

このようにアウグスチヌスもアルミニウスも世界観としては不完全であることはお
分かりになると思います。問題は、キリスト教神学の大部分がこのいずれかの世界
観Theodicyの上に立って構築されているということです。これではキリス
ト教神学が信仰の葛藤や世界観の矛盾を解決できないのは当然です。SDAですら、
殆どの信徒はアウグスチヌス的発想とアルミニウス的発想の間をさまよって行った
り来たりしているのが実情です。人間の本性は罪ですから神から離れようとしてい
るのですから、我々の神世界観がこのどちらかでしかない限り、我々は自分の都合
に従って世界観をスイッチしながら自分を欺いたクリスチャン生活を続けることに
なってしまうのです。頼み込むように神様よろしくお願いしますと激しく乞い求め
るように祈っても、聖書には既にかなえられたと言う約束があります。自分の罪の
結果で苦しくなると自分が神に激しく求めて神の顔をこちらに向けてもらおうと言
うのが人間の本性です。しかし、神は祈る前から私たちが必要なものをご存知であ
るとも書かれているのです。セブンスデーアドベンチストもこうした考え方の間を
行ったりきたりしている間は聖書の神を正しく理解することは出来ません。

私たち残りの民の教会にはアウグスチヌスでもアルミニウスでもないもっとまとも
なTheodicyが必要です。しかし、そんなものがあると思いますか。実はあ
ります。それはTheodicyの世界でも少数派として認知されています。それ
は「大争闘史観」です。我々の世界は善と悪、キリストとサタンの大争闘の舞台と
してとらえるのは聖書と矛盾することなく、かえってあらゆる問題に適切な解決と
善後策を与えます。私たちはその中で成長し傷つき、犠牲者もありますが、神の栄
光の為にそれそれに生きて命を全うすることが出来ます。私たちには、そうした大
争闘史観という最高のTheodicyが預言の霊によって与えられているのです。
こうした恵みが既に与えられているのに、アウグスチヌスやアルミニウスの間をさ
まようのは何と愚かなことかと気がつかされます。皆さん、是非各時代の大争闘を
読んで、社会には受け入れられなくても、聖書の神に受け入れられる世界観を学び
なおしてクリスチャンを再出発しませんか。
 
    (牧師) SDAでありながら「各時代の大争闘」を読んだことのない信徒が増えていることを心配しています。大争闘の世界観に立たないと聖書の福音が理解できない事をまず認識してほしいと思います。福音社は老人にも読めるように大きな活字で印刷した大争闘を再版するべきです。  

皆が知るべき教会の歴史を小冊子に

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 9月 4日(金)13時30分35秒
  皆が知るべき教会の歴史を1から12まで連結して、細かい日本語の文の流れを改
良した改訂版に、それぞれに写真や図を挿入したバージョンをインターネット上で
公開してセブンスデーアドベンチストの正式文書とします。お楽しみに。
 

付録: カトリック背教年表

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 9月 4日(金)09時25分7秒
  中世教会の背教の歴史と内訳

西暦  背徳の詳細
364    安息日を呪いその神聖性を日曜日に移した(Laodicea宗教会議)
375    天使と死んだ聖者たちへの崇拝、聖像使用
431    マリアを“神の母”と高め始めた(Ephesus宗教会議)
500    司祭たちは異教祭祀長たちの本を真似た服装に執典?した。
526    終油聖事(病者聖事ともいう)
593    教皇グレゴス1世によって煉獄教理が紹介された
600    マリアや死んだ聖者たちに直接お祈りした
756    フランス王Pepinによって教皇に領土と世俗権が付与された
786    贖罪と礼拝の手段として十字架、聖像、及び遺物崇拝
787    死者の為の祈りと死んだ聖者たちに祈りを捧げる儀式制定
850    司祭によって祝聖された聖水使用
890    ヨセフ(マリアの夫)崇拝
995    教皇ヨハネ15世が初めて死んだ教皇らを列聖した
998    金曜日及び四旬節(Lent)に断食を要求した
11世紀  礼拝ではなく祭祀としてマス(Mass)がささげられた
11世紀  教皇グレゴス7世によって聖職者の独身制度が確立された

12世紀  水に沈める浸礼(バプテスマ)の代わりに水をかける洗礼が認可した
1090   隠遁修士人Peterによって聖母にささげる“バラの花束”の意味の“ロサリオ”すなわち黙珠祈祷が考案された
1184   宗教裁判(Inquisition)制度が設定された(Verona宗教会議)
1190   免罪符(Indulgences)販売
1215   化體説が教皇イノセント3世によって宣布された
1215   神の代わり司祭に罪を告げる告白聖事が教皇イノセント3世によって設定された(Lateran宗教会議)
1229   聖書を禁書目録にいれ一般信者たちの接近を禁止した(Valencia宗教会議)
1414   聖餐の時一般信者に葡萄の杯を禁止した(Constance 宗教会議)
1439   煉獄が正式教理と宣布された(Florence 宗教会議)
1513   教皇レオ10世は霊魂不滅を教理と確定し条件的不滅信仰を異端と宣言した(Lateran宗教会議)
1545    教会の伝統が聖書と同じ権威を持っていると宣言した(Trent宗教会議)
1546   霊感を受けてない外典(non-canonical book)を聖書に加えた(Trent宗教会議)
1854   教皇ピウス9世は聖母マリアは誕生の時から原罪もなくお産の苦痛もなかったという聖母無染始胎を教理として宣布した
1864   教皇ピウス9世はローマ教会が認定しない各種市民の自由(宗教、良心、言論、科学など)を
     断罪する教書(Syllabus Errorum)を発表した(Lateran宗教会議批准)
1870  教皇無誤説を宣言した(Vatican宗教会議)
1950  教皇ピウス12世によって、マリアは死んだ直後肉の身でそのまま昇天したという
    聖母召昇天を正式キリスト教教理と宣言した(祝日は8月15日)
1965  教皇パウロ6世によってマリアは「キリスト教会の母」と宣言された

出典:
Loraine Boettner, Roman Catholicism, (The Presbyterian and Reformed Publishing Co., 1979), 7−9.
 

皆が知るべき教会の歴史 12

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 9月 4日(金)09時19分39秒
  読者への訴え
紆余曲折の教会の歴史を共に読んでいただいている読者のみなさんと紙面で別れよ
うとしながら、1620年米国の国父であるPilgrim Fathersを育てた尊敬される会衆教
清教徒牧師Robinsonの告別説教を想起する。
「兄弟たちよ、私たちはもうすぐお別れです。私がみなさんの顔にまた会えるか
は主だけがご存知です。主がそのような機会を与えようが与えないようが、私は
神と聖なる天使たちの前でみなさんに責任を与えます。。。神はその方が使うほ
かの方法を通して何でもみなさんにあらわそうとする時は、かつて私の奉仕を通
してあらわれた真理をみなさんが受け入れたように、それを受け入れる準備を整
えてくださいます。なぜなら、私が確信したように、神はあなたの聖なる御言葉
から注ぎ出る多くの真理と光をもっているからです。」

「みなさんに先に知らされたことやこれから知らされる主の道を歩んでいくと同
意したようにみなさんの教会の誓約を記憶してください。神の記録された御言葉
からみなさんに知らされる光と真理が何であれそれを受け入れると神に誓約して
また互いに約束したことを覚えてください。しかし、より気をつけるようお願い
したいのは、みなさんが真理として受け入れようとするのは事前にそれを聖書の
ほかの真理と比較して試してみなければいけないことです。なぜなら、キリスト
教界は最近までぶ厚い反キリスト的暗黒の中にいたので、一度に完全な知識に回
復される事は不可能だからです。」


どんなに美しく思慮深い改革者の信仰であるか?教派に縛られず“聖書のみ”の聖
書信仰、新たに明かされた聖書の真理を受け入れるため偏見を投げ捨て心を広々と
開けた義の信仰、人間改革者や世の賢人に固着せずキリストに基づいた救いの信仰、
このような改革信仰を私たちは持っているか?

ルターとCalvinの改革以後、どれほどもっと新しい真理、どれほどもっと明るい光、
どれほどもっと驚くべき覚醒が聖書からあふれ出てきたか?わたしたちはそのよう
な新たな光に正直に反応してきたか?苦難や死にも辞さなかったルターの“神の御
言葉に自らを縛った良心”が私たちに何を意味しているか?踏みつけられた聖書信
仰を一歩一歩回復するために獄に閉じ込められ首を切られ、水に投げられ火に燃や
された無数の改革者たちの犠牲をどのように考えるか?それを実に正しく評価する
なら今の私たちがするべきことは何か?“これらの人々はみな、信仰によって証さ
れたが、約束のものは受けなかった。。。わたしたちをほかにしては彼が全うされ
ることはない”(へブル11:39,40)。

そうだ。ここに最後の時代に住んでいる我々がなすべきことがある。それは我々だ
けができることなのだ。血と汗と涙と命をかけて真理を守る善と悪の戦いを完結さ
せなければならない歴史的な使命と特権が最後の時代の聖徒たちに与えられている。
そしておぞましい罪の統治が終わり戦慄する苦難も死も終わるだろう。栄光のキリ
ストの再臨において全ての約束が一大成就するのだ。

このように長く続いた真理を守る戦いを勝利に終える最終時代の神の民である「女
の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たち」
(黙示録12:17)になることはなんと驚くべき特権であり形容できない栄光か?そ
れはたった一度生きて結局は死んでしまう全ての人間が享受できる中で最も甲斐が
あり貴い暮らしではないか?

今まで、信仰と不信、忠誠と背信、真実と偽善、従順と不従順、勇敢と卑怯、傲慢
と謙遜、貧しい暮らしと堂々とした死が混乱して錯綜した善と悪の戦場となったキ
リスト教歴史の現場を経験した者たちが、長かった暗闇の代わり永遠の夜明けとな
る真理の光を選択する。

暗闇はわざわざ指定して選ばれる必要がない。光を拒絶した結果が暗闇だからだ。
「真理を行っている者は光に来る」(ヨハネ3:21)ものである。「神のみこころを
行おうと思う者であれば、だれでも、わたしの語っているこの教えが神からのもの
か、それとも、わたし自身からでたものか、わかる」(ヨハネ7:17)ようになる。

紙面を通して心から深く交わりキリスト中で兄弟姉妹になったことを確認した者た
ちが、与えられた光と真理のために“死ぬまで忠誠”であることによって“いのち
の冠”(黙示録2:10)をついに受ける。「これらのことをあかしするかたが仰せに
なる、「しかり、わたしはすぐに来る」。アァメン、主イエスよ、きたりませ。主
イエスの恵みが、一同の者と共にあるように」(黙示録22:20,21)。
 

皆が知るべき教会の歴史 11

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 9月 4日(金)09時17分20秒
  11.要約と結論

歴史の証言
これまで約二千年に渡る教会史、特に宗教改革の歴史を、簡潔に要約しながら学ん
できた。このような歴史の教訓を通して我々が皆異論なく到達できる合意と理解と
結論は何か?
第一:4世紀の政治宗教権力的基礎が置かれ6世紀から正式に活動を始めた中世教会
はダニエル(7:25,8:10〜12,11:31〜40)と黙示録(12:6,13〜15,13:5〜9)
に正確に予言されている。背教の勢力の登場は使徒パウロもはっきりと予告(2テサ
ロニケ2:3〜7)していることを聖書と歴史から検証した。
第二:12世紀から静かに始まり16世紀に爆発的発展を遂げた宗教改革は背教と堕落
の極致にあった中世の教会に対し、信仰良心と聖書信仰が起こした当然の反応であ
り、神自ら導いた改革運動であったことを確認した。
第三:中世教会の背教が千年以上も続いた後の16世記の宗教改革は、改革のほんの
最初であって、あって改革そのものが完了したのではない。それは常識として認識
されるべきことである。16世記宗教改革の旗手達のルター、Zwingli、Anabaptist
派、Calvinなどの改革もまた、危機にあった救いの信仰を回復するための偉大な改
革のほんの始まりであって、それで完成した訳ではなかった。つまり16世記の宗教
改革は完成に向かって継続的に進行し発展し続けなければならない性質と宿命を背
負っていたのである。
従って、改革の継続的発展と新たに明らかされた聖書の真理を認知することを拒絶
したまま、16世紀の認識に固着しているのは宗教改革の精神と目的への反逆である。
その事はJohn Robinsonが1620年自身が命をかけて牧羊した一団の信者たちをメイフ
ラワー号に乗せ新大陸米国に出送った時の告別説教によくあらわれている。
“私としてはプロテスタント教会の現状に悲嘆を禁じ得ません。彼らはひと時は
信仰的であったが、現在は彼らの改革者たち以上に理解が進まなかったのです。
ルター教信者たちもルターが気づいたこと以上を越せず・・・、Calvin主義信奉者た
ちも、皆さんのご存知の通り、神の偉大な人でありながら全ての真理に目覚めな
かった人「Calvin」が据えた座標に固着しています。これは悲しむべき不幸なこ
とです。なぜなら、たとえ彼ら「改革者」がその当時には燃えながら光を出して
いたとしても、彼らが神の完全なみ意志くまなく気がつく事が出来ませんでした。
しかし彼らが今生きていたら、彼らが最初に光を受け入れたようにそれ以上の光
も喜んで受け入れることでしょう。”
第四:以上に述べられた宗教改革の歴史で明らかなように、ルターやZwingli、
Anabaptist派、Calvinなどの改革が決して完成された聖書理解ではないために、
「真理を固守する」という大義名分でそれぞれの分派のレベルのみに聖書理解を固
定させてしまうのは健全な聖書信仰ではなく、単なる宗教的分派主義になってしま
う。そうすることは「わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を
知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高
さにまで至」らせ今はもう「子供ではない・・・様々な教えの風に吹きまわされた
り、もてあそばれたりすることがなく」(エペソ4:13,14)という成長のレベルに
到達させる神の意志にも全的に反する。しかし不幸にも16世紀以後のプロテスタン
ト教会がまさにこうした思考停止状態の上に停止していると認めざるを得ないのが
現実だ。プロテスタントがローマカトリック教会から分離してきた史実について神
学者Thomas Guthrie博士は懸念を表明している。
「3百年前にわたしたち教会は開かれた聖書を根拠にし、‘聖書を探求しなさい’
という標語を掲げてローマ教会の門を蹴って行軍してきた。しかし彼らがバビロン
からすっかり脱出したといえるのか?」

Calvin主義会衆教神学者であるSamuel Hopkins博士は「千年紀」に関した彼の論文
でこのように証言している。
「反キリスト的な精神と行事が今ローマ教と呼ばれる教会にだけ局限されている
と考える理由がない。プロテスタント教会自身もその中に反キリスト的要素を温
存していて・・・、カトリックの腐敗と罪悪から完全に改革されたというには遠い距
離にある。」


漸進的な改革
宗教改革の歴史で明白になったことは、中世教会の背教から立ち返って救いに必須
な聖書理解と信仰を回復したのは一気呵成に成ったことではなく、段階的、漸進的
な過程を通してきたという事実だ。
A.12世紀Waldensesたちの改革はWycliffeに手渡され、HusとJeromeに継がれ、さ
らにボヘミア・モラビア改革者たちを通してZinzendorf伯爵に伝達されモラビア教
会を誕生させた。モラビア信者たちの影響で回心したJohn Wesleyによって監理教が
構成されたことは周知の事実であろう。モラビア教会がプロテスタント世界宣教に
及ぼした影響を決して無視できない。
B.ルターの宗教改革もCalvinを含む当時の改革者たちに大きな影響を及ぼし、17
世紀末ドイツで起こった敬虔運動に洗練されながらZinzendorf伯爵を通しモラビア
教会を誕生させることに寄与した。
C.Grebel、Manzなどによって推進したAnabaptist派の改革もオランダでの
Mennonitesの改革運動で確立した後に、当時その地にイギリスから避難していた会
衆派清教徒たちに深い感化を及ぼしバプテスト派の教理的基礎を築くことに寄与した。
D.基礎的な段階でルターの影響を大きく受けたCalvinの改革は英国のCalvin主義
改革者たちである清教徒によって大きく改善と洗練を受け会衆教会を誕生させる母
体となり、会衆派清教徒たちによってAnabaptist派の信仰が加えられたバプテスト
教が形成されたことはまことに驚くべき歴史的展開だった。19世紀米国の再臨運動
を指導したWilliam Miller自身もバプテスト派の人であった。このようにその以前
のどの教会よりも聖書理解と信仰が急成長したバプテスト派の聖書信仰の上にさら
に進歩したSeventh Day Baptistsが誕生し、4世紀以来踏みにじられてきた聖書の第
七日安息日を回復させたとこは決して偶然ではないだろう。
世界比較宗教学界の権威であるOxford大学出版会の「世界キリスト教百科」(World
Christian Encyclopedia)の図解には、16世紀から続いてきた宗教改革の最終ラン
ナーを第七日安息日イエス再臨教を書き表している。これが宗教改革の真髄である。
プロテスタントの正統主流であるバプテスト派を継承した座においたのは、キリス
ト教歴史を正しく知っている学界の常識である。第七日安息日教会のこのような歴
史的出所に気づかず、自身の歪曲した偏見や世間体に閉じこもっている幾人かの批
評的な人士たちにはこの際これらの事実を知ってキリスト教の歴史を正しく学びな
おす契機とすることを要請する。
E.宗教的な理由ではないが、ローマカトリック教から離れてきた英国国教会「聖
公会」はルターとCalvinの改革信仰の影響を多きく受けたが、霊的な更生はなかな
か進まなかった。18世紀前半にWesley兄弟が主導した聖潔運動を契機にモラビア教
会の信仰とCalvinの予定説を反対したアルミニウスの教えを洗練させ監理教を誕生
させたことは非常に幸いなことだ。19世紀米国の再臨運動にバプテスト教、会衆教
と共に監理教指導者たち折半にもなる座を占めたことは瞠目に値することだ。

改心が必要なプロテスタント
このような歴史の明白な教訓と真相にもかかわらず、いまだに大部分のロテスタン
トたちが16世記当時にルターやCalvinなど改革者たちが教えたこと以上の聖書の新
しい真理は自分からもっと学ぼうともせず受け入れようともしない。それなのに保
守という名分を立てて昔の事だけを固守しながら、新しい光は理由もなく排斥し、
むやみに異端と断罪してよいのかよく考えなおされたい。前で引用した清教徒指導
者Robinson牧師が奨励したように、ルターやCalvinなどは「神の偉大な人たちでは
あるが全てのことに気づけなかった人」ではないか?「彼らがその当時には燃えな
がら光を発したが、神の完全なみ意志をくまなく気がつけ」なかったではないか?

電気がなかった時代には油皿や蝋燭が一番明るい光だったが、今は明るく安全な電
灯を使っているではないか?そしてエジソンが初めて発明した原始的な白熱灯もそ
の時は眩しいと思われた光だったが、当時の規格の電球を生産している人はいない。
今はその原理を発展させより明るくより安全な光熱器具を作り出し今私たちがそれ
を使用しているではないか?そのようにすることが発明王エジソンを無視したり不
名誉にすることなのか?初めから神の御言葉である聖書以外にはいかなる人間のい
かなる考案や悟りや教えも完全でないことをなぜ理解しようとしないのか?

1870年教、教皇無誤説を教理と宣布したローマカトリック教会は、過去に制定した
教理や伝統がどんなに間違っていても決して変えたり取り消せなくなり根本的な改
善が制度的に不可能な不幸な宗教団体になってしまった。ギリシャの哲学者アリス
トテレスの天動説を教会教義と宣布した中世カトリックに対立し聖書的で科学的な
地動説を主唱したGalileoと彼の教えを1632年、異端的と宣言し宗教裁判にかけたロ
ーマカトリック教会が、科学的に明白な過誤を渋々と認めるのに3百年もかかったこ
とを思い起こすとやるせない暗澹な気持ちになる。プロテスタントがこれと同じ事を
してはいけないのだ。
ルターやCalvin、Wesley、William Millerなどの考えが無誤であると立証されれば
聖書信仰が確立するものではない。彼ら改革者たちは全て「その時代の息子たち」
としてその時代の人々のために自身が受けた光を外に照らすために自身を犠牲にし
ながら力いっぱい働いた人たちだ。キリストが自らなさった次の御言葉に心を留め
よう。
「あなたがたはバプテスマのヨハネのもとへ人をつかわしたが、そのとき彼は真理
についてあかしをした・・・ヨハネは燃えて輝くあかりであった。あなたがたは、しば
らくの間その光を喜び楽しもうとした。しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、
もっと力あるあかしがある・・・。父も、ご自分でわたしについてあかしをされた・・・。
あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わた
しについてあかしをするものである。しかも、あなたがたは、命を得るためにわたし
のもとに来ようともしない。」(ヨハネ5:33〜40)

実際に一時、バプテスマのヨハネのメッセージに従い洗礼を受け、快くその光に従
った人たちが後に使徒パウロが伝えた、より明るいキリストの福音を喜んで受け入
れ再び浸礼を受け、キリストの教訓をそのまま従う真の模範をみせたではないか?
(使徒行伝19:1〜7)。たとえ16,17世紀のクリスチャンたちが中世の霊的暗黒を
抜け出して一時的にルターやCalvinなど改革者たちの光に快く留まったとしても、
いつまでもその光だけで満足したら、間違いなくまた別な霊的暗黒を経験してしま
う。それが混乱を繰り返している当今の私たちプロテスタント、すなわちこれ以上
成長することを拒んだ今日のプロテスタントの歪んだ姿ではないか?正しいクリス
チャンの道はどうあるべきか?

「正しい者の道は、夜明けの光のようだ、いよいよ輝きを増して真昼となる。悪し
き人の道は暗やみのようだ、彼らは何につまずくかを知らない」(箴言4:18,19)。

プロテスタントはただのカトリックの分派か?
ほとんど大部分のプロテスタント会が、宗教改革から五百年も経っているというの
に中世の霊的暗黒とローマ教会の非聖書的な残りカスを依然として捨てずに残して
いるではないか?よく知られたカトリック弁証書である「多数者の信仰」(The
Faith of Millions)の著者であるカトリック神学者John A. O’Brienの論説の中に
もこの事実がよくあらわれている。
「どうしてクリスチャンたちは聖書に言及されている日の代わりに日曜日を準遵守
しているか?・・・しかし聖書に明示された日は日曜日ではなく土曜日であるため、自
身たちの信仰は教会からではなく聖書から直接取り上げたものだと公言する非カト
リック信者たちが土曜日の代わりに日曜日を遵守することはおかしくないか?勿論
おかしくて一貫性がないことだ・・・。このような変更は聖書のどの聖句にも書かれて
おらずカトリック教会の権威でようやく変更したものなのに彼らはこの慣習をずっ
と温存して遵守している。日曜日遵守こそ母なるカトリック教会の背教の異物なの
に、非カトリック分派たちは、まるで家を飛び出た家出少年がのポケットの中に母
親の写真や母の髪一束を形見に持ち歩いているのと同じように大切に残しているの
である。」


O’Brienの言葉のように、聖書には一箇所も遵守するように言及されたこともない
日曜日に礼拝しながら、厳然な十戒第四条ばかりか新旧約聖書に渡り書かれている
第七日安息日を故意に蹂躪しているプロテスタントは決して「聖書のみ(sola
scriptura)」の原則に従っているといえない。それはプロテスタントがいまだに伝
統を聖書の権威以上に重視する中世カトリック教会から徹底的に改革されていない
ことを意味する。だからカトリックの神学者に、プロテスタントは単なる分派で、
故なく母教会を飛び出た家出少年と同じように扱われて揶揄されているのだ。
さらにもっと深刻なことは、ルターをして命をかけて宗教改革をおこさせた免罪符
制度の根拠となった煉獄思想や霊魂不滅思想をプロテスタントが未だに信じている
ことだ。前にすでに確認したように、聖書で禁じられている死者との交流の経験を
基礎にして現代の降神術と心霊科学が起こった。これは聖書信仰の基礎である条件
的不滅と復活信仰を否定する恐るべきまやかしである。これはもともとはギリシャ
ローマ時代にエジプトから持ち込まれて流行った霊魂不滅思想である。そしてその
発起人の張本人は「偽り者であり、偽りの父」(ヨハネ8:44)になったサタンであ
ったことも聖書で確認した(創世記3:4)。

新、旧約聖書が人々の手に届くものになり、ルターの宗教改革など過去の教会史の
系譜が明らかにされ、20世紀に入ってOscar Cullmannなどの聖書学者によってプロ
テスタントの歴史の真実が明らかにされてきているにもかかわらず、どうしてあな
たがたはいまだに中世の暗黒に迷っているのか?プラトンの霊魂不滅思想に影響さ
れたアウグスチヌスなどの教父たちの影響で中世教会の変態的教理が作られた。ア
ウグスチヌスの哲学に心酔したCalvinがカトリックからプロテスタント信仰に改宗
してわずか2年目の25歳の時に年に不注意に書いた論文「昏睡論」に示された霊魂不
滅の教えが、聖書の教えから大きく外れているのが明らかなのに、なぜそれを維持
しているのか? そのためにプロテスタントは自ら、別な煉獄の中間状態まで創り
あげたのか?

霊魂不滅を教えたカトリック教会は、生きている信者たちに煉獄で苦痛にあってい
る死んだ人たちの霊魂のために祈るよう教え、体は死んだが霊魂は生きているとい
う聖者たちにも執り成す祈りを捧げるように要求している。同様に霊魂不滅を信じ
る一部プロテスタントもすでに死者との霊交が聖書で禁じられていることであるこ
とも気がつかず、サタンの破滅的な降神術を防ぐ防御壁は壊れている状態にある。

今日、教会ですらも話題になることもあるばかばかしいテレビの心霊現象特集は何
であるか。それはまるで体から分離した霊魂が存在している証拠を教えているよう
だ。 なんという聖書信仰の混乱であろうか! われわれの神の教会がこのような
「悪魔の住む所、あらゆる汚れた霊の巣くつ、また、あらゆる汚れた憎むべき鳥の
巣くつ」(黙示録18:2)とならないように指導者たちは真に覚醒して言行一致した
な聖書信仰を徹底的に確立しなければいけない。なぜなら、「民は自分たちの神に
求むべきではないか。生ける者のために死んだ者に求めるであろうか。ただ教えと
あかしとに求めよ。まことに彼らはこの言葉によって語るが、そこには夜明けがな
い。彼らはしえたげられ、飢えて国の中を経あるく」(イザヤ8:19〜21)とあるか
らだ。

この上ない非聖書的な本質が明らかになった幼児洗礼の教理もなぜまだ放棄できな
いのか? 罪のない神の子も、「このように、すべての正しいことを成就するのは、
われわれにふさわしいことである」”(マタイ3:15)と仰り自ら水に沈むことで見
本をみせた洗礼をさておいて、どうして大部分の教会たちがいまだにカトリックの
遺産である滴礼を続けているのか?こうしたことは外にあらわれた形式に関するよ
うなことだが、内的に成り立たねばならない霊的な本質に関わる改革の必要はより
広範囲で至急で深刻である。
 

皆が知るべき教会の歴史 10

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月31日(月)06時44分7秒
  10.第七日安息日イエス再臨教(SDA)の形成と過程

最後の教会の誕生
受難週日の初日、イエスは王の到来を象徴する(ゼカリヤ9:9)ろばに乗りエルサ
レムに入城された。キリストの王国が今しも地上に樹立されると誤解した弟子たち
と群集たちの期待は高揚していた(ルカ19:28〜40)。しかし十字架の事件で彼ら
の期待は散々に破れ、雲のように群がった大衆は瞬く間に散らばり、弟子たちは深
い失望落胆に陥り、なすすべがなかった。
しかし、その後復活したキリストは失望に打ちひしがれる弟子たちと女たちに何度
も現れ、自ら聖書を教えることによって十字架の真実を明らかにし、復活の確信を
与え、全世界にこの福音を伝えなければならない偉大な使命を委任された(マタイ
28:16〜20)。こうして十字架に失望して約50日、昇天してからわずか10日で、女
性を含めた120人の群れが集まったエルサレムの小さな屋根裏部屋で人類救済の歴
史と世の運命を変えたキリストの教会が誕生した(使徒行伝1:12〜15,2:1〜5)。

これと同様な歴史が、十字架の救済史の収束する世界の大贖罪日が始まった1844年
の大失望後に再演された。再臨を期待した約10万人の再臨信者たちが大失望と共に
散らばった後、聖霊が導いた聖書研究を通して天の至聖所の奉仕の真の意義に気づ
いた少数の再臨信者たちは再び集まり、1848年、1849年、そして1850年と毎年何回
も屋根裏部屋の集まりを開いて、夜が明けるまで祈りと聖書研究で時間を過ごした。
そうして中世の1260年の期間が過ぎた後(ダニエル12:7)、口には蜜のように甘か
ったが腹では苦くなる霊的な経験を経て(黙示録10:10)、天の至聖所の奉仕が始
まる時に(黙示録11:19)あらわれると予言された、「女の残りの子ら、すなわち、
神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たち」(黙示録12:17)の誕生の
ための場所が備えられた。

各々違う教派の背景と信仰経験を持つ50人内外の再臨信者たちが集まった。この集
まりで、彼らは大祭司長であるキリストが天の至聖所で大贖罪日の奉仕をなさって
いることを確認し、週の第七日が聖書のみを信仰の基準と信じる全てのクリスチャ
ンたちの唯一で真の安息日であることを再確認した。さらに加えて、エレンGホワイ
トを通して与えられた言葉の光が、「律法と証の言葉」(イザヤ8:20)に一致し
た預言の賜物であることも確信できた。それだけでなく、この集まりでは宗教改革
の進展によって出現した全てのプロテスタント教会の立場が聖書の光の中で徹底的
に検討され受容された。実際に1848年春から開いた一連の聖書研究大会Sabbath
Conferencesの結果、1860年「第七日安息日イエス再臨教」(Seventh-day
Adventist)の名称を採択し、1863年に22人の按手牧師と8人の伝道者、3500人の
信者として「大総会」(General Conference)を組織するに至った。彼ら再臨運動
の後裔たちは実際に全てのプロテスタント教会を代表していた。その間、厚い障壁
でクリスチャンたちを分けていた教派的な偏見は再臨メッセージの熱情と続く大失
望の衝撃で全て溶けて崩れ、教派というものが聖書の真理をありのままに理解する
のにこれ以上障害にならなかった。その結果、凝固した第七日安息日イエス再臨教
会はどのような聖書的信仰を結集したのか?

プロテスタント信仰の溶鉱炉
実際にWilliam Millerの再臨運動からSDA教会が形成されるまで、その名が知られ
た数だけでも174人のプロテスタント牧師たちが再臨運動に参加したことを言及し
たがこれよりはるかに多い一般信者指導者たちも含めていた。このような神学的構
成と歴史的過程を経て教会が誕生した場合がかつてあったか?それは実に16世記宗
教改革以来、改革者たちと彼らの改革を受け継いだ各教派が断片的に発見し回復し
た聖書的信仰を一所に集めて融合し、ついに宗教改革を仕上げ完成させようとする
神の摂理としか言いようがない。

その結果であるSDA教会はついにどのような聖書的基本信仰を持つに至ったのか?
SDAの27個事項の基本教理条項にその信仰内容が、16世記以来進行されてきた宗教
改革が神の摂理に従って集大成として仕上げられたことをあらわしている。宗教改
革のどのような遺産たちが結集されているか?次は再臨運動を通してSDAに伝授さ
れた宗教改革の遺産とその可否を本書で提示した論証を根拠に整理してみる。

・ルターを含む改革者たちの教えに一致するように、聖霊の霊感によって書かれた、
旧約聖書を絶対誤謬がない神の御言葉として信じ、教会の伝統ではなく唯聖書だけ
(sola scriptura)が信仰と実践の唯一な規範であることを信じる。

・ルターを含む改革者たちのように、人の救いは人間の行為や功徳によって成り立
つのではなく、唯だ神の恩恵(sola gratia)によるプレゼントであることを信じる。
このような救いの経験は聖霊が御言葉を通して歴史することによって、イエスを主
とキリストとして、罪人のための代贖罪と完全に見習う模範と信じる信仰(sola
fides)によって可能になる。

・WaldensesとWycliffeが明らかにし、ルターが再び明らかにしたように、人間の
行為やカトリック教会組織が提供する功徳の代わりに、信仰による救いを主張する。
また中世教会が主唱した伝統の代わりに聖書を、教権の代わりにイエス・キリスト
を教会の唯一の頭とする。万人司祭職を提唱しルターやTyndaleの教えのように、
煉獄教理とそれを支える古代エジプトとHellas(Greek)の思想である霊魂の不滅を
非聖書的誤謬として排除し、新、旧約聖書、特にキリストの教えと復活によって立
証された条件的不滅と復活信仰を確信する。しかし中世教会のミサ制度から完全に
抜け出せなかったルターの中途半端な礼拝儀式と聖餐式での聖体共存説、義と審判
の標準である律法の福音的機能に対した軽視などは彼が置かれた時代的制限を考慮
することによって理解できるがこれを受け入れはしない。

・中世カトリックとルター、Calvinなど改革者たちにみな同じ苛酷な迫害を受けた
Anabaptist派の改革信仰が一部で極端的で疑問的な傾向を出し物議をおこしはした
が、聖書信仰の回復のため大多数の健全なAnabaptist派の寄与は至大なものと評価
する。信仰の唯一な根拠とする聖書の熱心ある研究と実践的な敬虔を強調したこと、
政治と宗教の徹底的な分離を主張したこと、幼児洗礼を非聖書的なものと否定し成
人信者の洗礼を教えたこと、死の無意識的な状態と復活信仰、信仰と良心の自由を
擁護したことと迫害者たちに対する寛容、平和愛護、何よりもキリストの再臨を強
調し待ち望んだ彼らの信仰はプロテスタントが受け入れなければいけない宗教改革
の偉大な遺産と信じる。

・ルターと共に宗教改革の両大主流を成したCalvinの役割を改革の過程で必須的な
ものとして高く評価する。ルターの改革を継承し補完しながら神主権を強調し、聖
書主の徹底的な信仰とその権威に服従することを教えた聖書的信仰、人間の救いに
おいて神の恩恵の本質と義の標準になる律法の機能を均衡(バランス)よく教えた
こと、聖書的なプロテスタント礼拝の確立、象徴としてのComminionの霊的意味を強
調したこと、長老制度を確立した教会組織とプロテスタント教育制度の土台をおいた
ことなどはプロテスタントの信仰の継承に必要な要素と受け入れている。

・しかし神の主権と栄光を偏って強調した結果、神学と信仰の調和を喪失させた
Calvinの二重予定、制限された贖罪、無条件的な選択、不可抗力的な恩恵などは聖
書と人間の経験に反することと判断する。Wesleyによって純化されたアルミニウ
スの教えを、より聖書的なこととして理解し、Calvinが取った排他的な立場の代わ
りに聖書と一致する色々な原則を適当に選別することが妥当だと信じる。
(訳者注:現在のSDAはアルミニウス主義に拘らない。更に進んでいる)

・Calvinは十戒の福音的機能を正しく理解しこれを神の義の標準として適切に提示
した。しかし唯一つ第四戒の安息日に対しては「教会内で秩序を保存する」方便と
して、七日に一回ずつ集まる便利な日という程度に教えたのは聖書信仰に相容れな
い任意的解釈であった。結果的に、安息日は一週間のうちどの日でも構わないので
はないかという誤解を信者に与えたことは彼の主義が持つ最大の欠陥と判断される。

・またCalvinがアウグスチヌスの影響を大きく受けた運命論的な予定説を提唱し、
プラトンを通して紹介された中世教会の霊魂不滅思想を改革教会の信仰として伝授
させたこととプロテスタントの煉獄に該当する中間状態の概念を紹介したことは改
革信仰の進展に大きな障害を残したこと言わねばならない。また神学や信仰で異説
や異見を持つ人たちを火刑と追放など苛酷な方法で対応したことに同意せず、ジェ
ネバの神政でみせられたような政教の関係は新約聖書の教会観に大きく反するもの
と看做される。

・ルターに続き宗教改革を進展させたCalvinの役割は必須的だったが、ルターと同じ
ように彼も中世教会の霊的汚染からすべて一度に抜け出すことができなかった「そ
の時代の子」としての限界は理解する。しかし非聖書的な教えは明らかにされた光
によって徹頭徹尾矯正し補完されねばならないと信じる。

・会衆派清教徒たちがみせてくれたように聖書に一致した徹底的な信仰と敬虔な生
活、聖霊の支配を受け個人の良心と判断による自由な信仰と聖書解釈、政教の徹底
的な分離原則を聖書的信仰として受け入れる。
 

皆が知るべき教会の歴史 9

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月31日(月)06時30分35秒
編集済
  再臨運動と安息日の回復
天聖所で始まる大贖罪日審判を知らせる最後の第七のラッパが鳴りながら(黙示
録11:15)開いた天聖殿の至聖所で、ヨハネは十戒の二つの石碑が保管される契約
の箱(Ark of Covenant)を目撃した(黙示録11:19)。そして続く12章で「神の戒
めを守り、イエスのあかし」を持つ“女の残りの子ら”(17節)の出現を確認した。
このような預言がどのように再臨運動を通して成ったか?
キリストと使徒たちが遵守し、聖書と歴史が確認した第七日安息日が4世紀以来どの
ように蹂躙され、宗教改革以来どのように回復されたかを既に前書の3章で一つ一つ
明らかにしたところだ。宗教改革の進展によって中世教会によって踏みにじられた救
いの真理は回復したが、真理を歪曲する勢力によって堅い伝統に縛り付けられた第四
の十戒である第七日安息日の回復は最も困難であった。
Waldenses →Wycliffe →Hus →ルター派とAnabaptist派→改革「長老」派→清教徒→会衆派→バプテスト派→第七日バプテスト
とつながる宗教改革の正統的な進路を苦労して回復した第七日安息日が、ついに1800
年代におきた大覚醒再臨運動に合流するに至るのである。
1844年の大失望前の1844年3月、第七日安息日バプテスト派であるRachel Oakes夫人
が第七日安息日に関する真理を再臨運動に参加した監督派牧師Frederick Wheelerに
伝えることで第七日安息日を守る最初の再臨教会がニューハンプシャー州に出現した。
このような経路を通して安息日に気づいた同じニューハンプシャーのバプテスト派
牧師で再臨運動に参加したThomas M. Prebleは1845年2月、初めて安息日の真理を出
版物を通して伝道し始めた。Preble牧師の安息日に関した記事を読んだ再臨運動の
指導者の一人Joseph Batesは即時に確実な真理を受け入れ、これを出版物を通して
広範囲に宣布し始めた。
聖書に基づいた確信に満ちた彼の教えで、やはり再臨運動の指導者の一人であった
James White夫婦と、天の至聖所の奉仕に一番先に気づいたHiram Edsonが1846年に
安息日真理を受け入れた。こうして第七のラッパが鳴るとき、天の至聖所が開き十
戒が保管されてる契約の箱が公開された場面のように(黙示録11:17)、再臨運動
を通して明らかされた天の聖所の真理と回復した安息日の真理が劇的に合流するこ
とになった。

再臨運動と預言の恩賜の回復
キリストが復活したその朝に、悲しみ沈み墓にさがし訪れた若い女、マグダラのマ
リアに主は自ら現れて復活を確証させ、失望した弟子たちに見て聞いたことを伝え
るようにというメッセンジャーの使命を与えた。1844年失望直後、主は有力な者で
はなかったが主を愛し待ち望んだ再臨信者で、結婚後にはEllen G. Whiteと呼ばれ
たEllen Harmonにまさに同じことをされた。
前章で言及したように、それは新約時代の教会をたてて全きものとするため約束さ
れた聖霊からの預言者と預言の霊の賜物であった(1コリント14:1〜5;エペソ4:
8〜12)。“モーセと預言者”(ルカ16:29〜31)、すなわち“「モーセの」律法と
「預言者の」証の言葉”(イザヤ8:20)を通してあなたの民を引導してきた神様は
(ローマ3:21)、最後の時も“神の戒めとイエスの証”(黙示録12:17)を通して
残りの民を導くという使命が与えられた。
特に「イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」(黙示録19:10)という天使
の啓示を通して、それがイエスキリストから与えられた啓示を民に伝達する(黙示
録1:1)預言者の使命(黙示録22:9)、それがすなわち“預言の賜物”「the gift
of prophecy」の目的であることを確認した(1コリント12:10;エペソ4:11;ヨ
ハネ15:26)。実際に新約時代の教会に預言者と預言の賜物を与えられた人々がキ
リストの体である教会を建てることに献身した史実がその使命が現代にも適用され
る事を明白に証している(使徒行伝11:27,13:1,15:32,21:10)。

こうして、救済を決める大贖罪日の奉仕が始まった2300夕と朝の終わり(ダニエル
8:14)に至る1844年をきっかけに、中世紀以来隠され踏みつけられてきた天の聖所
が回復し(黙示録13:5,6)、中世ローマ教会の背教によって日曜日にすり替えら
れていた安息日が安息の主であるキリストに遂に戻ってくることによって(マルコ
2:28;マタイ12:8)長い間、荒廃された真理の土台が復旧された(イザヤ56:1,
2,58:12〜14)。そして使徒教会時代以来、途切れた預言の賜物が最後の時代の民
のために約束されたとおり(黙示録12:17,19:10)完全に回復されこの全てが一
所に融合したことはなんと驚くべき預言の成就か?このような融合を可能にした改
革と回復の合金生成炉になったのが大覚醒運動であり再臨運動であったことが歴史
から明らかである。


宗教改革の進行と第七日安息日イエス再臨教(SDA)の形成
12世紀Waldensesの改革は14世紀Wycliffeによって神学的体系を備えた後、再びHus
に伝達され、Husの改革は15世紀ボヘミア・モラビア改革者たちに伝授され、18世紀
Zinzendorfによってモラビア教会形成につながる。

Anabaptist派の改革本拠地は本来スイスだったが、有能な指導者メノシモンズがオ
ランダで行った改革の結果、Mennonite教会が成立した。オランダに避難してきた会
衆派清教徒たちが彼らの影響を受けバプテスト派形成のきっかけを作り、そこで早
くもCalvinの予定論を反対したCalvin主義神学者アルミニウスの影響を受け「自由
バプテスト派」の出現をみた。

通称「神の聖会」(Assemblies of God)のPentecost派系統の教会は1914年以後に
米国でおきた教派たちで、監督派とバプテスト派の混合した信仰背景を持っており
神癒と方言(speaking in tongue)、聖潔と復興を強調した。

1848〜50年まで22回に渡る超教派的聖書研究会議の結果、宗教改革によって明らか
されたプロテスタントの聖書的信条が一所に結集し、1863年ついに「第七日安息日
イエス再臨教」(SDA)の世界的な組織が成り立った。
 

皆が知るべき教会の歴史 8

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月30日(日)12時28分50秒
  9.19世紀 宗教改革の進展

宗教改革の反逆児−フランス
宗教改革で致命傷を受けた中世カトリック教会がJesuitが主導した反宗教改革で世
界各地で勝ち馬の勢いを回復した18世紀の同じころ、プロテスタント信仰は一時の
勢いを失ってほぼ死にかかっていた。ドイツでは敬虔主義復興が起こり、その結果、
1727年世界宣教の扉を開いたモラビア教会が誕生した。そして清教徒の改革精神が
古び、Unitarian信条と破滅的な理神論までも広まり形体だけ残った聖公会は勿論、
長老派とBaptist派が改革の意志を喪失したまま深刻な霊的沈滞に陥った18世紀の
英国でWesley兄弟たちがおこした復興運動は1740年監督派を誕生させた。そして新
大陸では大覚醒運動the Great Awakeningと言われるプロテスタントの一大拡張と
復興を招来した。

しかし同じ18世紀に無神論的な合理主義に汚染されたフランスは霊的復興の代わり
に1789年恐怖と流血のフランス革命が起き、むしろ19世紀に世界を跋扈した無神論
と懐疑論が発生する巣になった。フランスのカトリック勢力は1545年南フランス地
方のWaldensesの信徒4千人を集団虐殺し、1527年には8月24日聖バーソロミュー祭日
夜、和解を模索したフランスのプロテスタント教徒たちをまやかしで集めた後パリ
で2千人、地方で2万人を皆殺しにした事実と決して無関係ではない。そして革命直
前まで続いた非人道的な迫害で改革を拒否し信仰良心を踏みにじる行動の実を刈り
取ったのである。

人間の理性を第一とした無神論的なフランス革命精神に基づいた近世の始まりの19
世紀が開き、1848年Karl Marxは「資本論」を書き表し理念的無神論に基づいて神の
存在を否定した上で経済社会理論である共産主義を宣言した。1859年にはCharles
Darwinが科学的無神論である進化論を発表した。そして各々1844年に生まれたJulius
Welhausenは聖書の霊感を否定する神学的な無神論である高等批評Higher Criticism
を表し、ニーチェFriedrich Nietzscheは自己に神性を付す超人思想として哲学的な
無神論である実存主義を紹介した。みな聖書信仰に危険な悪影響を及ぼす思想である。

1848年3月31日ニューヨーク州Hydesvilleの監督派のJohn Foxの家で彼の二人娘と
死人の霊魂に偽装した悪霊との心霊交流が始まり、サタンの太古のまやかしである
霊魂不滅信仰を真実のように偽装した現代の心霊科学、すなわち降神術Spiritualism
が門を開いた。今や面々に続いてきた聖書信仰は世と教会の内外から根本を脅威を
うける一大危機に直面するようになった。これらの思想の影響を全く受けていない
神学校があるか、見つけられるものなら見つけてみなさい。


無神論と不信思想に対した対応
この非常の時期である19世紀に神はどのような対策を強要したのか。「彼らはあな
たのおきてを破りました。今は主のはたらかれる時です」(詩篇119:126)。

A.聖書の霊感と歴史性を不信する破滅的な現代神学である高等批評に対立してこ
れを反証する聖書考古学の鍵である古代エジプトの象形文字が1822年に、メソポタ
ミアの古代楔形文字が1847年に各々判読されるによって神は聖書の歴史的真実を証
明するよう「石が叫ぶ」(ルカ19:40)ようにした。
B.1864年細菌学の父、フランス学者Louis Pasteurは実験を通して紀元前4世紀ギ
リシアのアリストテレス以来信じられた生命の自然発生説が虚偽であることを立証
し、生命は生命からのみ発生するという創造信仰をsupportした。
C.1865年には進化論の非科学性をさらけ出すメンデルの遺伝法則が発表され、ダ
ーウィンが無秩序なこととして観察した種の発生が決して全く新しい種が出来ない
ように定められた法則によって統制されていることを立証した。
D.1804年には海外聖書公会、1816年には米国聖書公会が発足し世界的な聖書普及
が促進されるによって個人的な聖書研究、特に預言に関した研究が盛んになった。
1800年から1830年の間に他の国の言葉に翻訳された聖書の数(86カ国の言葉)は、
その以前の1800年の間、翻訳された数(71カ国の言葉)より多かった。
E.18世紀前後半に起こった信仰の大覚醒運動は、19世紀になって世界宣教の熱情
につながって福音が急速に伝播された。この事のため米国の海外宣教委員会が組織
し(1810年)、相次いで会衆派総会(1810年)、バプテスト派宣教連合会(1814年)
監理派教会(1819年)が組織し、監督派教会(1828年)、オランダ改革派教会
(1832年)、長老派(1834年)などで世界宣教のための組織を備えた。
F.このような状況で19世紀初、米国を初めヨーロッパ、南米、アジアなど福音が
伝道された世界各所では世の終末とキリストの再臨が近づいたことを知らせる再臨
運動the Advent Movementが一斉におきた。英国ではLewis WayとHenry Drummondな
どがおき、ドイツ出生ユダヤ人Joseph Wolffは8カ国の言語を駆使し近東地方と中央
アジア、インドにおいて再臨メッセージを伝え1837年には米国上院に招聘された。
スコットランドのEdward Irving、スイスのFrancois Gausen、ドイツのJohann
Richter、オーストラリアのThomas Playford、特に著述を通しスペインと南米に再
臨メッセージを伝えた前職イエズス会神父Manuel de Lacunza、米国全域から10万
以上が参加した再臨運動を主導したバプテスト派信者「後に牧師になる」William
Millerなどは切迫なキリストの再臨を全世界に伝えた旗手たちだった。

このような再臨運動は偶発的なことではなく前にも言及されたように、最後の審判
を知らせる七つ目のラッパが吹く直前に(黙示録11:15)あることと預言された
(黙示録10章)宿命的な運動(Movement of Destiny)だった。預言を通して彼ら
に与えられた次のメッセージは近世を始めたフランス革命をきっかけに足場を固め
た無神論的な合理主義の風潮があふれてきた世と教会に対してなんと時宜を得た神
の対応だったか。

神の対応
“神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海
と水の源とを造られたかたを、伏し拝め”(黙示録14:7)。

預言にあらわれたプロテスタント国、米国
18世紀末(1789〜1799)のフランス革命をきっかけに政治的、哲学的、宗教的足場
を固めた破滅的な無神論的である合理主義に対する神の対応は迅速で断固たるもの
だった。10年間も続いたフランス革命の結果、旧体制政治の象徴であったルイ16世
が1793年断頭台の露として消えた。そしてやはり旧体制の象徴であった教皇ピウス
6世は1798年ローマのシスティン聖堂で在位23周年記念式を行っている中、フランス
革命軍事政権によって逮捕され教皇職を剥奪され恥辱的な屈服を強要され、翌年8月
29日Valence監獄で獄死することによって中世教皇権が没落失墜し長々しい中世が終
わり、近世に入った

6世紀(538年)の教皇権の確立から18世紀(1798年)の教皇没落まで正確に
1798−538=1260年間の期間として、10角を持つ獣と象徴されたローマ帝国(ダニ
エル7:8、23〜25;黙示録12:2)が続き、12星の冠をかぶった女と象徴された神
の民を迫害した中世ローマ教会の活動が正確に預言されている(ダニエル7:25;
黙示録12:6,13)。

16世紀に起こった宗教改革で、中世ローマカトリック教会から分離して信仰の改革
にでたプロテスタントは、内紛やカトリックの反宗教改革攻勢と英国の政治権力と
ぶつかりながら苦戦を続け、タイムリーに摂理として与えられたアメリカ新大陸で
信仰と良心の自由が保障される避難所をみつけた。
この事実に関して、黙示録12章は中世教会によった1260年間の迫害を預言した後に
(6,14節)、「しかし、地は女を助けた。すなわち、地はその口を開いて、龍が
口から吐き出した川を飲みほした」(16節)という表現で預言をしている。再びま
た黙示録13章は女を助けた地がまさに、「42ヶ月」(黙示録13:5)にあたいする
中世紀1260年間(42x30=1260日)活動した中世教皇権の没落を前後し(黙示録13:
5〜10)、“地から上がって”きた“子羊のように2角を持つ”獣と象徴されたアメ
リカ合衆国の出現が示されたのは実に驚くべきである。

歴史上、最初のプロテスタント国家である米国が、以前の他の国々のような(ダニ
エル7:2〜7)猛獣ではなく、“子羊”のような国と象徴されたことと、“海”(黙
示録17:15;13:1;ダニエル7:2,3)ではなく、既存国家がない新大陸である
“地”で、戦争を象徴する“海”もなく(ダニエル7:2)上がってきたことと描写
したことと共に、米国の独立とフランス革命が実際に交互作用をしたという事実は
この預言の歴史的成就を明確にしている。

このように預言によって摂理した国、米国でやはり黙示録10章で預言された再臨運
動がおき、その結果“女の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスの証を
持っている者たち”(12:17)が出現するようになったのは決して偶然なことでは
ない。

米国でおきた預言された再臨運動
19世紀初頭に迅速に普及した聖書と米国を中心に拡散した宣教の熱情、そして1800
年にわずか530万に過ぎない米国の人口がヨーロッパからの急増な移民で1840年に
1700万に至った一大変化は 米国プロテスタント勢力の迅速な拡張をもたらした。
1800年から1830年まで30年間、米国の会衆派、長老派、バプテスト派、監督派は
110万の信者が増加し、特に1826年から1830年の間20万が増加した。

まさにこのような状況下で聖書の預言研究に没頭した米国東部の誠実なバプテス
ト派信者William Miller (1782〜1849)は1816年真の回心を経験した後、より深
い聖書研究に専念した。1818年彼はダニエル書研究を通して、“2300の夕と朝の
間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する”(ダニエル8:14)
という言葉の意味を自分なりに理解するようになった。彼はその期間が紀元前457
年に始まり1843年頃に終わりその時にキリストの再臨と世の終末が至るという結論
に到達した。

聖書と歴史で預言解釈の根拠と妥当性を繰り返し確認した後、彼の信念はより確固
し、1831年から彼は耐え切れない使命感を抱いて言葉と文で彼の悟りを教え始めた
が即時に大きな反応を呼び起こした。1833年彼は御言葉を教える資格を認定されバ
プテスト派の地方牧師として認証を受け、1835年には超教派的に御言葉を教える牧
師としての信任書を受けた。

組織的ですきのないダニエル書の預言に基礎したMillerの教えは各教会たちから大
々的な呼応を受け、名前が確認された数だけでも174人にもなる牧師たちが再臨運動
の指導者として参加したが、監督派とバプテスト派出身が多数で、会衆派、長老派、
聖公会、ルター派、オランダ改革教会、Quaker教出身も含まれていた。Millerは彼
らと共に13年間(1831〜1844)疲れることを知らず再臨の切迫を伝播した結果、最
高13万5千人と推算される再臨信者たちの信仰共同体を形成するに至った。

しかし彼らたちが繰り返し確認した1844年10月22日にキリストは再臨せず、その結
果は預言されたとおり、“小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わた
しの口には密のように甘かったが、それを食べたら腹が苦くな”(黙示録10:10)
る苦い大失望だった。しかしそれは苦苦い失望で終わる性質の偶発的な運動ではな
く、「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せね
ばならない」(黙示録10:11)宿命的な運動だったため歴史は再び続かれた。

再臨運動と天聖所の回復
人間の弱さと限界のため負われた十字架に対する誤解はイエスの弟子たちによって、
ダニエル書の70週に関する預言に含まれ年代までも正確に知られた(ダニエル9:
25〜27)真理であり、数千人の間待ってきた救済の約束が栄しくかなった劇的な瞬
間に喜びと希望の代わりに苦い失望を経験させたのも前章で確認した。そして同じ
ダニエル書に数字で表現された2300の夕朝に関した預言が成就された時にも全く同
じ経験が全く同じ理由で、1844年の再臨を待って失望した信徒たちに起こったのも
確認した。十字架事件で失望落胆した弟子たちを悟らせ再び預言させるために、イ
エスは1844年の大失望時にも同じことをなさったのである。

人間は自身の知的限界を超過する期待以上のとてつもない事件にぶつかる時、いつ
も衝撃と試行錯誤を通して真相と教訓を学ぶようになる。それはキリストの地上奉
仕のクライマックスの十字架の時にもそうであり、天上での奉仕の中心である至聖
所の働きが始まる時も同様である。全ての事件が起こった後にやっと真相に気がつ
くのである。

1844年の大失望で衝撃を経験した監督派出身の熱烈な再臨信者Hiram Edsonと彼の
友O.R.L.Crosier、医者だったF.B.Hahnなどは失望直後から聖霊の臨在を体験した
何ヶ月間の聖書研究を通して2300夕と朝の終わりである1844年から天の至聖所で始
まった大贖罪日奉仕の真相に気づいた。その時、キリストは世俗的な期待通りに地
上に再臨したのではなく、再臨直前の段階として国と民を受けるため至聖所に玉座
を調えた(出エジプト25:20〜22)父なる神に行ったのに気づいた(ダニエル7:13,14)。

今、彼らは十字架の真相に気づいたイエス様の弟子たちのように、失望した理由を
さがし、「もう一度預言せねばならない」(黙示録10:11)内容とメッセージを確
信するようになった。中世の暗黒で隠された天聖所に関した真理がようやく回復さ
れた。復活したキリストは自ら導いた聖書研究を通して失望を切り抜け、恥ずかし
く思えた十字架を、今は栄光の救済の成就として誇らしく提示しなければならなか
った。そして同じ弟子たちは世からは歓迎の代わりに嘲笑と迫害を受ける事を経験
しなければならなかった。十字架の栄光と勝利を「もう一度預言」したステパノは
政治的宗教権力者のユダヤ指導者たちによって異端として告発され、彼らが扇動し
た石打の刑で即決死刑にされる悲劇にあった(使徒行伝7:54〜60)。彼らはステパ
ノが見たような「神の栄光が現れ、イエスが神の右に立っておられるのが」(使徒
行伝7:55)見えず悟れなかったのであるから、悲劇の主人公なのである。

今でも神の右で大祭司長の職分を遂行なさっているキリストに気づき見つめられな
ければその時の悲しい歴史をまた繰り返すことになる。聖書の中枢である聖所制度
を通して明らかにされた厳粛な審判と十字架で成り立った救済の完成であるキリス
トの再臨を誤解し、下のように無分別な批評の石を投げることはどれほど大きな損
失であり悲劇であるか。
 

皆が知るべき教会の歴史 7

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月30日(日)12時06分17秒
  8.17、18世紀 宗教改革の進展

反宗教改革とイエズス会(the Society of Jesus)
16世記各国で一斉におきた宗教改革は序盤に機先を制するように見えたが改革者
たちの中で礼拝儀式、聖餐式、予定論など教理問題に異論を出し、Anabaptist派に
対する迫害を加えるなど分派主義に傾いて初めの隆盛を失っていた。反面、宗教改
革の初期に致命的な打撃を受けたローマ教皇権は少しの間、自省と自責の色を見せ
たが、すぐに態度を変えて反宗教改革(the Counter-Reformation)の戦列を整えた。
それがまさに1545年から1563年まで3度も開いた歴史的なトレント宗教会議(the
Council of Trent)であった。イタリアとスペインのカトリックの強硬論者たちが
大多数を占めたこの会議では、宗教改革のきっかけとなった免罪制度、煉獄説、化
体説、聖者及び遺物崇拝など全てのカトリックの教理が再確認と正当化をされて、
伝統は聖書と同じ権威を持つという決議と一緒に相当数の聖書外典Apocryphaが認可
された。そしてルター、Zwingli、Calvinなど改革者たちの思想は撲滅されなければ
ならない異端と断罪された。

このような宗教会議の決議を行動に実践するように選ばれた団体がまさにスペイン
の退役軍人のイグナチウス・ロヨラIgnatius Loyalaが1534年8月15日に創立したイ
エズス会(the Society of Jesus)だった。聖母アリアに対する個人的な忠誠を誓
約した後、「善なる目的のためであれば方法を選ばない」という危険な道徳観に基
いて教皇とローマカトリック教会のために何事でもするという誓約で活動を始めた。
彼らによって各所に高等教育機関が建てられ指導者が養成され、外国宣教が広がっ
た。悪名の高い宗教裁判所が再び再開され、宗教改革で失った地域を回復し、プロ
テスタントよりも先回りをしてアジア、南米、カナダなどの地にカトリック教を伝
播させた。

ローマカトリック教会の反宗教改革がヨーロッパと新大陸、アジアを席捲する間、
プロテスタントではどのようなことが起こっていたのか?

ルター派の衰退と敬虔運動
ルターが宗教改革をおこして百年も経たずに、三十年に渡る宗教戦争(1618〜1648)
が起こり、衰退したルター派はただ聖書だけを信仰の全てにするという本来の大義
名分を忘れ、新しい光を拒絶したまま霊的に死んで冷淡な形式主義にはまった。こ
れに危機感を抱いたのがルター派の牧師だったPhilip Spener 1635~1705とA.H.Francke
(1663~1727)がドイツのHalle大学を中心に敬虔主義(Pietism)復興運動を起こ
した。一般信者たちが中心となった小グループ聖書研究と祈祷会を通して実生活の
敬虔を強調し、各種娯楽を禁じ、節制を強調し当時満ち溢れた悪を譴責した。単純
な礼拝儀式と贖罪の必要を強調する福音が中心になった説教で、死んだかのように
みえた教会に新たな生命があふれ入った。

このような敬虔主義運動は支持基盤が脆弱だったために残念ながらヨーロッパを席
捲した英国の理神論(Deism)と大陸の合理主義の破壊的感化を防ぎきれずに蹂躙さ
れてしまったが、敬虔主義の中心地だったHalle大学で教育受け復興を体験したドイ
ツSaxony出身のルター派信者Zinzendorf 1700~1760伯爵がその後に1727年モラビア
教会(the Moravians)を誕生させてその歴史的使命を終えた。

ルター派の嫡子−モラビア教会
Zinzendorf伯爵は自身の広い地をローマカトリックの迫害で追い出されたボヘミア
人たちとモラビア人たち、そして信仰の自由をさがし出た改新教徒たちに避難所と
して提供した。1727年互いに主張が違う各派の信者たちを聖霊で一つにさせ兄弟団
(Unity of the Brethren)と呼ぶモラビア教会を組織した。初めは六百人で始まっ
たこの小さな教会は一般信者宣教師を養成し、なんと1727年8月26日から二十四時間
祈り続けることを百年間続け
、その後150年間2170人の宣教師を新大陸をはじめ西イ
ンド諸島、グリーンランドなどに派遣しプロテスタントとして最初の世界宣教を始
めた。

自身はルター派人でありながらボヘミアの改革者John Husの後裔たちのボヘミア−
モラビア兄弟会監督の按手を受けモラビア教会を組織することによってルター派の
真髄である敬虔主義とHus派信仰の真髄であるボヘミア−モラビア兄弟会の信仰が
Zinzendorf監督から結集され、ルター派の養子格といえるモラビア教会が誕生した。

さらに驚く事実は、ボヘミアに居住したBohemian Waldensesの相当数が14世紀以前
に使徒時代の安息日を守ったこと、ボヘミア兄弟団にも弟七日安息日を守る人々の
群れがいて、彼らと接触したZinzendorf監督が1738年以前から30年以上第七日を安
息日として守っていたという歴史的事実である。安息日がクリスチャンである信仰
良心の試金石であり、宗教改革の極致であることをもう一度確認している。

モラビア教会の高弟−メソジスト(Methodist)
Zinzendorf伯爵が導いていった敬虔で能力あふれるモラビア教会がプロテスタント
に与えた霊的感化は計り知れない。その中の一つがメソジストの創始者John Wesley
1703〜91の回心だ。当時オックスフォード出身の英国国教会神父だったWesleyが米
国のインディアンのための宣教師として呼びかけられ弟Charles Wesleyと共に大西洋
を航海する中、ひどい波浪にあい死の危機に至った時、共に乗船していたモラビア一
般信者宣教師たちの死を恐れない信仰に深く感銘を受けていた。
インディアン伝道に失敗し帰ってきたWesleyは自身の真の回心のため悩んでいる中、
1738年5月24日夕方ロンドンのAldersgate通りにあるモラビア教会の集会に参加しつ
いに信仰による救いを心に熱く体験し回心と新生を経験した。

こうして聖霊で充満したWesley兄弟と友George Whitefieldの疲れを知らない献身で
英国は一大復興を経験しWesley兄弟によって教会歴史を変えた監督派が組織された。
初めはモラビア教会に付属されていたが1740年最初の自立したメソジスト(The
Methodist Society)がロンドンに形成された。

Wesleyがメソジスト運動をおこした18世紀前半の英国は霊的な一大危機にあって
いた。宗教改革の真髄だった清教徒精神は新大陸に場を移し、英国国教会は生命が
ない形式主義に退化し聖職者の頽廃は極に至った。残っていた長老教とBaptistは改
革の意志を喪失したまま、キリストの神性を否定するUnitarian神学に蚕食されてい
て、折りしも英国でおきていた自然神論、すなわち神を人間と歴史から分離させ不
必要な存在とみなした破滅的な哲学思潮に席捲されていた。これがヨーロッパ大陸
では無神論的な啓蒙主義(the Enlightenment)とあらわれ、人間主の合理主義
(Rationalism)に発展し、ついにフランスでは現代無神論が誕生した革命と表現さ
れた。18世紀の英国をフランスと同じ無神論的革命から抜け出させたのはWesleyの監
理会運動に力を得たのが大きい。

Wesley兄弟が始めたメソジストは大部分の信条を一般改新教と共にするがfaithで義
になる真理と共に、(1)聖霊の導きによった新生、すなわち聖化と聖潔を特に強調
する。(2)Wesleyの経験と教えに従いCalvinの絶対的な予定論を拒否しアルミニウ
スの予知予定を受け入れ(3)信者の洗礼と共に幼児洗礼も認定し、(4)監督制度
の教会行政を営為する。(5)Calvin主義教会のように他の信条をもつ人々を異端と
決め付けることがほとんどない反面、現代に入り自由主義リベラル神学の影響を大き
く受け本来の聖書的信仰から大きく離れたことは真に残念なことだ。

メソジストの弟−聖潔派教会
新生と聖潔を強調してきた監理会から他の聖潔派教会があらわれたが、社会事業と
救済を強調する救世軍教会が1865年William Boothによって成立し、聖化された生涯
と聖霊の充満を強調し水に沈む浸礼と洗足儀式を遂行する神の教会(Church of God)
が、いくつかの分派と共に19世紀末にあらわれた。1895年米国で形成されたナザレ
ン教会、1914年にやはり米国アーカンソー州で結成されたAssemblies of Godと代表
される聖霊主義教会Pentecostalismも全てWesleyの聖潔運動とバプテスト派の背景に
直接、間接で根源をおく変形された聖潔派教会である。
 
    (牧師) ちなみに、日本で最も有力なイエズス会の機関は上智大学です。大学本部が四ッ谷駅のそばの東京千代田区紀尾井町にあり、日本の政治中枢に容易にアクセスできる場所に陣取っています。日本のSDA教団もかつては原宿のそばに広大な敷地を擁していましたが、そこに三育学院があれば摂理的にカトリックのイエズス会の大学と競うことになるなどとはのんきで頭が漫然とした日本の教団指導者は思いもよらなかったのです。  

皆が知るべき教会の歴史 6

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月30日(日)08時18分30秒
編集済
  7. 宗教改革の進展と安息日の回復

夜明けを起こす人々−the WaldensesとAnabaptist派
4世紀以来1千年以上 中世の暗黒の中に閉じ込められた安息日の真理に夜明けをも
たらしたのは12世紀に起こったワルデンセスWaldensesだった。13世紀に至りヨーロ
ッパの22カ国に拡散したワルデンセス改革者の息吹の中に既に安息日の回復の姿
があらわれたことを歴史家たちは証明している。

このような歴史は清教徒と共にBaptistの霊的ルーツになっている16世記の忠誠的
で徹底的だった改革者たちだったAnabaptist派から一段と明確になった。聖書だけ
を信条とし幼児洗礼を初め中世カトリックの全ての儀式と伝統を徹底的に排撃した
Anabaptist派の中には安息日を遵守する群れがあらわれた。その代表的な指導者は
カトリック司祭からAnabaptist派に転向したOswald GlaitとAndreas Fischer夫婦
だった。ダニエル書を深く研究した末、彼らは安息日は変更できぬ戒めだったこと
に気づき、それが日曜日に変わったのはダニエル書7:25に予言されてる通り、“時
と律法とを変えようと”した小さな角である教皇権によることを確信した。Fischer
はこのように文で証言した。
「聖書には安息日に対し頻繁に言及しているが、もし日曜日に関して言及する聖
句があれば私は安息日の代わり日曜日を守る。 …モーセと預言者たちと新約聖
書は十戒の遵守を命令しているため安息日も含まなければいけない。ヤコブやパ
ウロによって律法が言及された時、その律法は安息日を含むものだ。その上、ま
して信仰は律法をたてるため「ローマ3:31」安息日もたてるものだ。」

このような教えは当時のローマカトリックやプロテスタント一般にとって脅威とさ
れ、Fischer夫妻は1529年即時異端として逮捕され、妻は生きたまま溺死させられ、
Fischerは1539年城郭から投げ落として殺された。Glaitは1546年手足を縛られたま
ま夜中にドナウ川に投げ込まれ中世期霊的暗黒の鎖を切り崩す安息日の復興のため
値高い犠牲を支払った。

新世代のBaptist−セブンスデーバプテスト
ついに朝が明けてきた。日曜日を第七日安息日と信じ聖と守ってきた忠実で最善を
尽くし生きてきた清教徒たちに真の光がやってきたのだ。国教会「聖公会」を去り
会衆派清教徒牧師として活躍したJohn Traske 1583~1636は1616年ロンドンのMill
Yard教会で集会を指導していた中で彼に学んでいた会衆の中の一人のHamlet Jackson
から第七日安息日を紹介され相当数の会衆と共に安息日を遵守するようになった。
結果として1617年Mill Yard教会は会衆制度を維持しながら幼児洗礼を否認し第七
日安息日を遵守する最初のセブンスデー・バプテストSeventh Day Baptistsにな
った。

信仰と良心の自由を極めて尊重し、各人が聖霊の引導で啓発された良心を従い自由
に聖書を研究し自ら信仰を守り進み、信者に水に沈む浸礼を授けるなど正統バプテ
ストの全ての信条に忠実でありながら聖書上の第七日を安息日として守るSDBこそが
バプテストが産んだ長子である。しかし異端として告発されたTraske牧師は苛酷な
拷問と海上監獄での苦痛を耐えきれず信念を曲げたが彼の会衆は散らばらなかった。
彼の妻Dorothy Traskeは16年間牢獄で高潔な信仰を守りながら獄死してしまった。

歴史の記録に残ったMill Yard第七日Baptistの二番目の牧師は、英国の世国王、ジ
ェームス1世とチャールズ1世と2世の宮廷医師だったPeter Chamberlinだった。
第三代牧師はJohn Jamesだったが、彼は1661年10月19日安息日説教中に逮捕され、
翌月26日に絞首刑に処され、首を切られ長竿にさされ、Mill Yard教会の庭に晒さ
れて安息日遵守の報いとして公開された。こうして “神の戒めを守り、イエスの
あかしを持っている者たちに対して、戦いをいどむために、出て行った。そして海
の砂の上に立った”(黙示録12:17,18)サタンの憤怒が露骨的に表現された。

翌年の1662年改革信仰のため投獄された国教会牧師Francis Bampfieldは個人的な
聖書研究の末に第七日が聖書的な安息日であるのに気づき、9年間の間、伝道をし
続け、“第七日Baptistドルチェスタ監獄教会”を建てるに至った。出獄後、再び
安息日を教えた罪目で3度も投獄された後1684年70歳の高齢で寒く湿ったNewgate
監獄で息を引き取った。

米国に移植された安息日
殉教者の死はいつも真理の種になり、より増えるものだ。Bampfield牧師が牧会し
た教会から出た熱誠ある信者Stephen Mumfordが立って安息日のメッセージを持っ
て1664年米国のロードアイランドに渡っていった。彼はそこにいるBaptist信徒た
ちに、十戒の不変性と第七日安息日遵守を熱心に教えた結果、数人の清教徒信者た
ちを導いた。しかしここのBaptist教会までも彼らを異端とみなして迫害し1671年
12月23日Mumford内外を初め7人の信者たちがそこからでて信仰共同体の盟約を結
び新大陸で一番目になる第七日BaptistをロードアイランドのNewportに建てた。つ
いに新大陸に安息日の真理が根をおろした。

1802年に9人の牧師と1130人の信者で総会を構成したSDBは、まもなく起きる超教
派的な大覚醒運動の結果で形成された一団の再臨信者たちに彼らの命を捧げ守護し
た安息日真理を伝達した。それによって第七日安息日イエス再臨教(SDA)の出現
を後押しした。これは16世記におきた一連の未完成の宗教改革のプロセスの総仕
上げとする摂理だったことが歴史から明らかである。
 

皆が知るべき教会の歴史 5

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月30日(日)08時06分12秒
編集済
  6. 清教徒運動と改革の進展

Calvin主義改革信仰の真髄−清教徒
“流血のメリーBloody Mary”の異名の残忍な女王メアリ1世が在位5年目で急逝し
た後1558年に即位した異腹同姓のElizabeth I女王は、自身を合法的な後嗣と認定し
ない教皇権に対抗して生き残る為の政治的理由でプロテスタントに依存せざるを得な
かった。
こうした新状況の下で以前大陸に逃亡避難した改革者たちが大部分Calvin主義改革
信仰を持って続々とイギリスに帰還した。彼らはカトリック教会にCalvinとルター
の改革信仰を継ぎ足したような国教会「Anglican Church」信仰に満足せず、これを
聖書の教えに従い徹底的に改革し純潔になろうとするCalvin主義清教徒「Puritan」
が起こった。1648年Calvin主義改革信仰の憲章である「ウェストミンスター告白」
Westminster Confessionの構成を主導したのも清教徒だった。彼らこそCalvin主義
改革信仰の真髄だった。

彼らは異教的な礼拝儀式、司祭たちの服装、聖書に根拠がない各種の際日、司祭の
免罪行為、十字架使用、代父母制度の廃止と共に聖日と看做された日曜日の徹底的
な遵守などを要求した。彼らは教皇の代わりに教会の頭になった国王が監督を前に
立たせ教会を治める聖公会の監督制度に反対した。国教会に残っていながらCalvin
の長老制度のみ採択しようとする長老会派、清教徒と残ってはいるが外部の干渉を
一切受け入れないという独立主義(the Independents)の清教徒も現れた。

清教徒信仰の真髄−会衆派教会
国王が頭で残っている国教会が完全な改革を受け入れる見込みがなくなると、国教
会を去ってより完全な分離を願う清教徒たちが1581年ケンブリッジ出身の指導者Robert
Browne よって形成された。分離主義者と呼ばれる彼ら清教徒たちは国王が頭にな
った国教会「聖公会」を否定し、さまざまな束縛をもたらすCalvinの長老制度も排
除し、教会の唯一の頭であるキリストの下で盟約で連合された会衆が自律的に牧師
など指導者たちを選出し、聖書によって啓発された信仰良心の判断に従う信仰を行
使するよう要請した。こうしてCalvin主義清教徒信仰の真髄に骨格を成した最初の
会衆派教会(Congregational Church)が誕生した。彼らもまた迫害を受けオランダ
に避難したがBrowneを継承した指導者John GreenwoodとHenry Barrowは本国で1593
年会衆派教会信仰を芽生えるための殉教の血を流した。

プロテスタントの長子−バプテストBaptist
エリザベス女王以後の英国王たちも国教主義を固執し分離主義会衆派清教徒たち
「会衆派」に対する迫害が続き、大部分の信者たちは故国を去り、信仰の自由があ
るオランダに避難した。当時英国のGainsboroughにいた一団の会衆派清教徒たちは
国教会の牧師から改宗したJohn Smyth(1612没)牧師の指導の下1608年アムステル
ダムに定着した。彼らはそこでオランダのAnabaptist派のMennonites信者たちと交
際しながら彼らの敬虔な生活に感銘を受け、同時にカトリックの儀式である幼児洗
礼が非聖書的であることに気づき、1609年スミス牧師は初め同僚Thomas Helwysな
ど36人に洗礼を与えることで、洗礼を提供し会衆政治をする最初のバプテスト教
会がオランダに成立した。

彼らはまたCalvinの予定論の矛盾に気づきアルミニウスの教えを受け入れた。信者
たちの一部はMennonite Churchと連合したが、Helwysに従う会衆は1611年英国に帰
り、英国で最初のBaptist Churchをロンドンに建てた。彼らはCalvin主義信仰を受
け入れたが幼児洗礼を反対し、長老制度と異なる会衆制度を選び、オランダにいた
時代に受け入れたアルミニウス主義に従ってCalvinの予定説を反対し、キリストの
贖罪は選択された人だけでなく全ての人のためであることを信じるため一般に「一
般バプテスト」とか「自由バプテスト」(Free Will Baptists)の名で呼ばれる。彼
らも後には水を掛ける滴礼の代わりに水に沈める浸礼を受け入れた。このように最
初のバプテストは分離主義清教徒たちである会衆派教会から始まった。

1633年John Spilsburyの指導を受けた一団の独立主義清教徒たちが聖書を研究した
末、本教会から分離した。彼らはまた一般バプテストと同様に会衆制度を維持し、
幼児洗礼は勿論のこと、水を上から掛けるだけの滴礼も非聖書的であり、キリスト
の模範と聖書の教えに従う水に沈む「浸礼」だけを洗礼と認定した。そうしながら
もキリストの贖罪は特別に選択された人たちだけのためだというCalvinの「限定し
た贖罪」の教理をそのまま維持したため、一般バプテスト派と区別するために、
「特殊バプテスト派」(the Particular Baptists)と呼ばれている。

このように二段階の改革で互いの弱点が補強されたBaptistsは17世紀英国の信仰復
興と新大陸での信仰と良心の自由など改新教信仰定着に至大な貢献をした。福音を
説教した罪で12年間獄中生活をし「天路歴程」を書いたJohn Bunyan 1628~1688、暗
黒と貧困の大陸インド宣教のため身を捧げたWilliam Carrey 1761~1834、新大陸米
国に信仰と良心の自由の原則を植えたRoger Williams 1604~1683、救贖史的な再臨
運動を起こし世の中を覚醒させたWilliam Miller 1782~1849などが皆誇るべきバプ
テストである。

今日 米国だけでも2900万人の信者をもつ最大の教派であるバプテスト派は改革教
会のように固定された信仰告白がなく信者たちが啓発した信仰良心に従い聖書を解
釈し確信した通り生きるよう勧奨しており新たな真理に対し開放的だ。基本的な教
理は一般プロテスタントと同じだが、その他に(1)幼児洗礼と滴礼を非聖書的と
看做し、水に沈む浸礼だけを洗礼と認定し、(2)会衆制度の教会組織と(3)国
家と教会の完全分離、(4)個人の信仰と良心の自由を極度に尊重する点で、ルタ
ーやCalvinなどが推進した改革をより一層進展させている。またその根源にAnabaptist
派の信仰が含まれている。このようなバプテストの根源から後に宗教改革の絶頂の
安息日真理を発見したセブンスデーバプテストが発生したのは決して偶然な事では
ない。

会衆派の寵娘−Pilgrim Fathers
1611年Baptistという息子を産んだ少数の分離主義会衆派清教徒たちは即時続いて又
新たな歴史を創造する。英国のScroobyに住んでいた誠実な一般信者William Brewster
の家に集まり国教会牧師から改宗した敬虔な指導者John Robinson牧師の指導を受け
た一団の会衆派清教徒「会衆派」は1609年迫害を避けオランダに移住しLeydenに定着
した。
しかしそこでも子女教育など生活の安定が難しくなり、信仰の自由をさがして国王
もなく教皇もない地、新大陸米国に渡る決心をして一旦英国に帰ってきた。難しい
交渉の末1620年9月一般信者指導者Brewsterの引導の下102人の信者が帆船の
Mayflower号を雇い、危険な航路である北大西洋を渡り11月21日マサチューセッツ
州のPlymouth港に到着した。彼らの中、半分は寒さと疾病で初めの冬を乗り越えれ
ず死んだが、生き残った者がまさしく米国の建国先祖になった“Pilgrim Fathers”
である。会衆派教会が新大陸に出家させた偉大な「娘」だった。

清教徒運動と安息日回復
16世記後半に出現した清教徒たちが創造した新たな歴史は実に驚くことだった。
彼らは会衆派とBaptistの産母になり、新大陸に成した信仰と良心の揺籃である米国
を建設した先祖を産んだのだ。それだけでなく清教徒たちは「長く荒廃された所々を
再び建」て、歴代の破壊された基礎である安息日を再び修築する(イザヤ58:12,13)
先駆けとなった。

清教徒たちは真剣は聖書研究を通して神の約束の言葉を重視するようになり、律法
は約束であることを理解するようになった(出エジプト19:5,6)。そしてその約束
の内容である十戒に従順であることは約束の維持のためであって、選択ではなく義
務だと気づいた。又、人間の罪である本性は律法を喜ばないが(ローマ7:19,20)聖
霊によって生まれ変わった心は律法に従順になり、束縛ではなく真の自由を享受で
きることにも気づいた(ヤコブ2:12)。なぜなら十戒は、「エジプトの地で奴隷で
いた家から導き出した」(出エジプト20:2)後に与えられたものだからだ。

律法「十戒」を約束の内容として理解するようになり、約束を保障する印、すなわ
ち、表徴なる安息日の意味と重要性をようやく気づくようになった(出エジプト31:
13,16,17)。
直接的な契機になったのはヘンリー8世の時、英国教会がローマカトリックから独
立した後、自組織の礼拝儀式のための祈祷をした時だった。大司教Cranmerが1549年
と1552年に発行した「英国国教会祈祷書litany」には十戒が含まれていたが、特に
安息日を記す十戒第四条を聖職者が読み上げて会衆はそれに対して「この律法に私
たちの心を向けます」と応唱するものであった。その応唱の過程で清教徒の先祖ら
しい冷徹な知性と鋭敏な信仰良心が覚醒した。「もしそうだとしたら私たちがこの
分明な御言葉に従い第七日を安息日と従順しなければならないことを意味するので
はないのか?」、「第一日目の日曜日を安息日の代わりに遵守しながら聖書の御言
葉に従順と言えるのか?」。このような疑問に対し祈祷文を発行したCranmerは、
「Calvinがそうであったように、安息日をわざわざある特定の日でなければならな
い必要はない」と曖昧な答えで逃げた。

しかしエリザベス時代に至って一層の発展を遂げて存在と影響力を増した清教徒は、
真剣な聖書研究を通して、ついにCalvinが教えたような「週日中 一日が特別に聖
別されたからではなく『教会の中で秩序を保存するに必要な方途としてその日を守
る』」という方便が聖書的ではない事に気づいた。ここで先祖よりも優れた子孫が
生まれた。

このような確信は清教徒指導者Nicholas Bowndの著述と教えにあられた。彼は人が
罪を犯す前の創造時に、「神はその第七日を祝福して、これを聖別された」(創世記2:3)
という御言葉と「七日目はあなたの神、主の安息である」(出エジプト20:10)と宣
言された十戒の内容を想起させた。彼は又、「主と彼の使徒たちが自ら実践するに
よってその日を上げた」ことを想起させ、「もしアダムが罪を犯す前でも安息日が
必要であったなら罪で失われたこの世はよりもっと必要とする」と喝破した。

こうして清教徒たちは日曜日をCalvinの教えのように単純に礼拝するのに便利など
の一日ではなく、聖書に記録された安息日のように神様が区別した聖別な日と信じ、
日曜日には各種娯楽を禁じ俗した事をしないなど聖守規定まで作った。残念ながら
この時点では彼らはまだ日曜日が聖書に明示された第七日安息日ではないという事
実にまだ気づいていなかった。

しかし自身たちが気がついた真理を擁護し実践することに最善を尽くした清教徒た
ちは、「生きているというのは名だけで、実は死んでいる」(黙示録3:1)者の時代
の中で「サルデス教会にはその衣を汚さない人が、数人」と(3:4)と描写された者
たちであるに違いない。神の歴史はいつもこの数人のよって動かされてきた事を改
めて悟らされる。今受けた光と真理に忠実に従う人々にのみより大きな、完全な光
と真理が与えられるのだ。こうして16世記の清教徒たちはCalvinの限界を超え、会
衆派教会を通ぎ、宗教改革者の名を継ぐまた別な子孫であるバプテストから第七日
安息日を復活させる基盤を備えた。
 

重要な連載

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月24日(月)21時31分11秒
  この連載は教会員には全員読んでいただきたいと希望しています。
もちろん教会員ではない人もこれを読めば、キリスト以後の教会の背教と回復と戦いの
歴史を学ぶことができて有益です。これを読んで私たちが今いる所を理解して下さい。
 

皆が知るべき教会の歴史 4

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月24日(月)09時18分57秒
編集済
  5. 宗教改革の勃興とプロテスタントの起源

12世紀と13世紀にかけてヨーロッパの“王の王”となった教皇は、俗信習慣と
なった聖地巡礼を保障するという大義名分で回教徒からエルサレムを奪還しようと、
数回の十字軍(クルーセード)を起こし、おびただたしい流血と汚辱で染み付いた
十字軍戦争を敢行した。また1184年以降残忍な宗教裁判(Inquisition)を実行し、
異端撲滅に恐ろしい力をさらけだし、このためにも十字軍を動員した。
聖書には全く根拠がない煉獄教理を紹介し、行いによる贖罪の必要を力説した中世
教会は懺悔告白と共に苦行の必要を強調した。今でも教えている通り、“懺悔して
一旦は罪を容赦されても、その罪に該当する罰を受けなければならないが、この罰
を死後に受けるならば煉獄で受けるであろう。しかしこの世で受けるならば懺悔告
白に対して司祭が訓戒をした後に定められた祈りと犠牲、善行を行えば受けること
になるもの”を贖罪、すなわち「補贖」と教えた。
このようにして補贖の手段になった免罪符は自信の罪の刑罰を減免するだけでなく、
煉獄にいるという他の人の霊魂を天国に回送することもできるという奇怪な教えに
発展した。

宗教改革の大きな星−ルターとルター教
このような免罪符の露骨な販売は、既にフスがおこした改革に刺激を受け信仰によ
る救いを体験した若い神学教授だったマルチン。ルターMartin Lutherを覚醒させ
た。彼は信徒の良心を苦しめる教会の俗論を糾弾する95個条の質問状を1517年
10月31日正午にビタンベルク聖堂門に張り出すことによって世界歴史を変えた
大宗教改革の幕が切って落とされた。彼は即時異端者として告発され、1521年4月
18日には神聖ローマ帝国の国会に出頭を命じられ尋問され彼の主張を撤回を要求
されたが、これを大胆に拒否することによって宗教改革は引き返せない分水嶺を
越えた。

中世ローマカトリック教会と神聖ローマ帝国によって火刑に処せれる異端の宣告を
受けたルーターの教えは何か。彼は、(1)信仰の最高権威はローマ教会の伝統で
はなく「聖書のみ」“Sola Scriptura”にあり、(2)救いが得られるのは善行や
ローマ教会の司祭が指定した功徳ではなく、キリストの贖罪を全的に受け入れる
“Sola fides”によるキリストの義であり(3)救いはそのような信仰(信じる
心)を通して感謝のみ“sola gratia”の状態で与えられた贈り物(プレゼント)
であるとした。(4)また信徒たちは司祭の介入なしに直接神に向かうことができ
るという「万人司祭」を提唱し、(5)煉獄教理と霊魂不滅の教えを否定し、条件
的不滅を唱え、復活信仰を強調した。


ルターの宗教改革はプロテスタントの信仰の基礎を築き、カルビンに大きな影響を
与えドイツから北欧東欧まで広く普及した。

徹底的な改革者たち−スイスのツヴィングリZwingliとアナバプテストAnabaptists
A.ドイツでルターが改革を挑む中、スイスではドイツよりもっと徹底的な改革が
別途に進行されていた。敬虔なローマカトリックの司祭であり、学者で愛国者であ
ったユーリッヒ・ツヴィングリUlich Zwingli(1531没)は自分で聖書を研究した
て得た確信に従い、ローマカトリックの異教的な礼拝儀式と免罪符制度を全面否定
し、極度に堕落した聖職者たちの道徳的頽廃を論難する大胆な改革を呼び叫んだ。
また化体説に反対し、聖餐式のパンと葡萄の杯はキリストの犠牲に対する記念だと
教えることによってルーターの聖体共存説を進一歩させた。しかしツヴィングリの
改革を阻止するためにスイス北部のカトリック共同体communalismが外国の軍隊に
要請してこれを武力鎮圧し、彼は戦死してしまった。

B.ルターやツヴィングリよりもっと徹底的な改革を願う一団の改革者たちがスイ
スのチューリッヒで起こった。アナバプテストAnabaptistsまたは兄弟団Brethren
として名が知られた彼らは、コンラッド。グレーベルConrad Grebelとフェリック
ス・マンツFelix Manzの指導の下で、(1)信仰の唯一な根拠として深い聖書研
究を強調し、(2)国家と教会権力の分離を主張し、(3)罪を知らず悔い改める
ことも出来ない幼児への洗礼は非聖書的で無効と宣言し、成人信者にこれを再び授
けたため、こうして「再洗礼主義者」Anabaptistsの名称を得た。(4)聖書の教
えに従って死を睡りと同じ無意識状態だと教え、復活と迅速な再臨信仰を強調し
た。(5)教会から聖者の偶像と異教由来の儀式を一切除去することを主張し、
(6)信仰と良心の自由を尊重し盟誓を禁じ、(7)戦争を反対し武器使用を禁じ、
迫害を受けても対抗したりあだを討ったりせず、(8)全ての教会は信者たちが自
律的に信じおさめていく会衆制度を選んだ。

C.彼らの中には時に極端と狂信に傾き物議を起こした分派たちも現れ混乱を起こ
しはしたが、かれらの徹底的で豪胆な改革は後に福音主義的な改新教たちである
Mennonites, Amish, Hutterites, Baptists, Quakersなどを起こす根になった。

“MennonitesやBaptistsがAnabaptistを自分たちの霊的な祖先たちの中に含むこと
を恥ずかしがってはいけない。かれらの自由な教会記念は独立主義的清教徒と
Baptist、Quakerに影響を与えた。”


D.それにもかかわらず彼らはローマカトリックは勿論画一的な改革を推進した
ルター、Zwingli, Calvinなどによっても異端視と苛酷な迫害を受け、カトリック
地域では火刑に処され、プロテスタント地域では水に沈められ殺された。

Mennonites, Amish, Hutterites派
A.迫害を受けた多くのAnabaptist派信者たちはオランダに逃避したが、ローマ
カトリック司祭だったMenno Simmonsが化体説に疑心を抱き聖書を研究していた中
カトリック信仰の誤謬に気がつき1536年Anabaptist派に改宗し彼らの有能な指導
者になった。Anabaptist派の全ての教えと共にヨハネの福音書13章の教訓に従
いCommunionの前に互いに足を洗う洗足礼式も始めた。指導者の名前をfollowし
呼ばれるMennoniteAnabaptist派信者たちは当時に知られた最も敬虔なクリスチャ
ンたちであったがカトリックと改新教両側から苛酷な迫害を受け多くの殉教者をだ
しおりしもあいた新大陸に渡り1683年以来信仰の自由を享受している。同じ系統の
Quakersと共に信仰の自由を擁護し、非武装平和主義、医療奉仕を通してアメリカ
の人権擁護と民主社会発展に大きく貢献した。
B.本拠地であるスイスから追い出されモリビアの方に避難したまた違う
Anabaptist派信者たちは敬虔な指導者Jacob Hutterの指導の下、衆生と変化した
生活(New Life)を強調し全信徒の80%も殉教で犠牲になった宣教活動のゆえに
広がって行き、Hutter自身も1536年火刑に処された。その後、新大陸に避難し昔の
よう信仰共同体を成して文明を背負った農耕生活を続けている。


C.また別なスイスのAnabaptist派はJacob Ammanの指導の下より徹底的信仰改革
を呼び叫びながら現れた。Hutter派と共に現代文明を背負い単純な生活を過ごして
いる。ヨーロッパでの迫害を避け新大陸に渡ってきた後、田舎生活と農業発展に寄
与している。

宗教改革の寵児−Calvinと改革{長老}教会
A.ドイツやスイスに先進んでフランスでもパリ大学のJaques Lefevre(1536没)
教授によって改革信仰が知識人たちの間で拡大されていた。時にルターの改革信仰
が文書を通し伝達され公然されるにつれ、徹底的なカトリック国家であるフランス
はこれを異端と定罪し大々的に迫害を始めた。
B.ルターの改革思想に深い影響を受けた若干20歳の若いCalvinは迫害を避けスイ
スに避難しジェネバを中心に神政政治によってルターの改革と二大主潮を成す改革
を推進させた。Calvinは(1)信仰は聖書に基礎していてその権威に服従する聖書
信仰を強調し、(2)創造と救済において神様の絶対的な主権と神様の栄光(soli
Deo Gloria)を強調した。(3)礼拝儀式で中世ローマ教会の偶像的で異教的な
要素を一切排除しプロテスタントの礼拝の基礎を置いた。(4)恩寵だけをかたよ
るように強調したルターとは違い義と聖化の標準で律法の機能を適切に強調した。
(5)教会行政で監督制度と会衆制度の中間である長老制度を選び、(6)ルター
やZwingliよりCommunionの霊的意味を一層深くした。(7)教育を強調し、職業を
召命と教えるなど民主主義と資本主義の発展に大きく貢献したと評価される。

Calvinの基本的な改革信仰はルターの思想を継承したことだが「キリスト教強要」
など著書を通してこれを体系良く組織し徹底的に糾明し発展させるによって宗教改
革の進展にあって必須的な役目を遂行した。Calvinの改革信仰を継承するプロテス
タント派をヨーロッパ大陸では“改革教会the Reformed Chruch”と呼ばれて有名で
あるが、英国やその他の英語圏では“長老派教会the Presbyterian Church”と呼
ばれている。こうして島国英国に長老教信仰が根をおろしたとこには、神以外は恐
れないスコットランドの改革者John Knox(1514~1572)を育て、フランスの力を頼
んでカトリック勢力をスコットランドに進出させようと必死にあがいたメアリー女
王の野望を断固粉砕した。

宗教改革の私生児−ヘンリー8世と英国国教会
A.16世記宗教改革がヨーロッパ大陸で、ドイツのルター派Lutheran、スイスの
Anabaptist、Calvinの改革教会the Reformed Churchなどの三大主流が起こってい
た間、島国の英国では全く異なる理由で別途の改革が展開されていた。14世紀オッ
クスフォードの学者ウィクリフがおこした改革の波紋はボヘミアの改革者フスを通
してルターまでに影響を及ぼしたが、肝心の英国ではカトリック教会が主導した政
治的影響で改革が前進できなかった。
B.オックスフォード出身の学者William Tyndaleが迫害を避けヨーロッパに隠遁
しながら最初に原語から翻訳した英語新約聖書を出版し本国に密輸し宗教改革に燃
料を供給した。しかし本人は聖書を翻訳、出版した罪でカトリックが支配したベル
ギーで逮捕され42歳という若い歳で火刑に処された(1536)。彼は火刑柱に縛ら
れたまま大声で「主よ、英国王の目を開いてください」という最後の言葉を残し死
んだ。
C.ドイツで起きたルーターの改革思想が英国に文書で紹介されヘンリー8世はこ
れを文と力で粉砕し教皇から“信仰の擁護者”と称号まで得た。しかしスペインの
王女で死んだ兄の未亡人である王后Catherineが息子を産めず離婚しようとしたが、
カトリック宗主国であるスペインの統制を受け教皇が自身の離婚を許諾しないため、
1534年英国教会をローマカトリックから独立させ国王が英国教会の頭になるという
新方針を発表した。こうして聖公会の母体である英国国教会が誕生したが、頭がか
わっただけで内容が大きくカトリックから変わったわけではなかった。

D.しかしルター派改革者である大司教Thomas Cranmerはヘンリー8世と彼の息子
エドワード4世を助けCalvinの改革信仰を吸収して国教会を大きく改革した。
E.しかしヘンリー8世のカトリック王后Catherineが産んだ娘Maryが王位に上る
につれ改革は逆転し、プロテスタント信仰をもった3百人の学者と聖職者が火刑に
処され、約8百人は大陸に避難し、1200人の聖職者たちは職分を奪われた。敬虔な
学者で監督であったRidleyとLatimerはカトリックの化体説と礼拝ではなく祭祀で
あるMassを最後まで反対した罪で1555年10月16日に火刑に処された。執行前二
人が交わした対話は長く記憶されている。「リドリ先生勇気を持って男らしく処身
します。今日私たちは確信する神様の恩恵で決して消えない火を英国につけるだろう」
火刑を恐れプロテスタント信仰を取り消したCranmer大司教も翌年自身の
改革信仰を再告白した後、火刑柱に上がり“教皇はキリストの敵、彼の虚偽教理と
共に敵キリストとして彼を拒絶する”と宣言した後、以前 プロテスタント信仰放
棄を自述した右手を先に火の中に入れ燃やしながら「この手が罪を犯した」と叫び
ながら焼け死んだ。このような骨髄にしみる犠牲を払いながら守ってきた一つ一つ
の改革信仰の大切さを忘却し、聖書的に明白な間違いだと気づきながらも改革の意
志を喪失したまま、信仰良心に何の負担も感じず改革のためのどのような犠牲も願
わない今日大部分のプロテスタント信仰者たちは真の宗教改革の後裔たちなのか。
自問してみろ。

(続く)
 

皆が知るべき教会の歴史 3

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月24日(月)09時11分47秒
編集済
  4. 宗教改革の黎明

漆黒のような霊的暗黒が覆っていた12世紀、魂の救いの道を提示しなければならな
いキリスト教の教理はローマ教会の背徳で深刻に汚染された。教会がこれ以上救い
の信仰を維持できないのは明らかであった。あちこちに神のみ言葉の欠乏と魂の糧
のない人々の不安と恐怖におびえた叫びが響き渡った。

改革の先駆者−ワルデンセス Waldenses
最初に喉が渇き飢饉になるのは教会信徒だった。歴史家J.A.Wylie が“教皇権の真
昼は世界の真夜中であった”と表現したように、ローマカトリック教会の全盛期の
12世紀は霊的に真夜中だった。その中で1170年頃フランス南部からかれらの指導者
だった献身した平民Peter Waldoの名前をもとにthe Waldensesと呼ばれる一団の一
般信者たちが起こり、(1)ローマカトリック教会の伝統を拒否し純粋な聖書信仰
を提唱し、(2)煉獄教理を否定し死んだ人のための祈りを反対し、(3)聖餐式
のパンとぶどう酒が司祭の祝聖でキリストの実際の肉と血に変形するという化体説
を否認した。(4)ローマカトリック教会は間違うことがないという無誤謬説を反
対し一般信者の伝道する権利を要請した。(5)彼らの中に第七日安息日を守る群
が起こった事が歴史家たちによって確認されている。

険峻なアルプス山岳地帯を避難所とし、行商をしながら伝道した彼らはローマカト
リック教会の残酷な迫害で数多い犠牲者を出し、ヨーロッパの22カ国に離散した。
ワルデンセスは1545年にも4千人が虐殺される事件を経て、今日でも未だにイタリ
アに残っている。これは最初のプロテスタントである。

宗教改革の早暁の星−イギリスのウィクリフ
ワルデンセスの改革がイングランドに至った頃、14世紀ヨーロッパの最高名門であ
るOxford大学の最も有能な学者として国王の宮廷家庭教師であったジョン・ウィク
リフ(John Wycliffe. 1384没)は、ワルデンセスの教えを神学的に確立擁護して
発表した。彼は(1)教会の唯一な頭はキリストであり、教皇は“反キリストの代
理者”(the vicar of Anti-christ)と宣言した。(2)煉獄を否定し聖者礼拝と
遺物崇拝を反対し、(3)化体説を論駁否定し、(4)列聖人と教会の無誤謬を否定
し、(5)救いは人間のよい行いではなくキリストを信じる信仰によって受けると教
え、(6)禁書だった聖書を国民が読むことが出来るようにラテン語から英語に翻
訳し、(7)ワルデンセスの本を背負って文書伝道者the Lollardsと知られた信徒
たちを訓練し、全国を巡回伝道させた。

宗教改革の火花−フス、ジェロム、サボナローラ
オクスフォードを中心に拡散したウィクリフの教えはヨーロッパ大陸にも広まり、
今のチェコスロバキアのプラハ大学総長のフスJohn Hus (1360~1415)と同大教
授ジェロームJeromeに改革の火をつけた。彼はウィクリフの教え以外にも一般信者
たちも司祭たちのように聖餐式の時にブドウの杯を受ける権利を要求した。彼らは
即時異端として破門され開会中だったコンスタンス宗教会議(the Council of
Constance)に出頭し尋問を受けた末、安全通行を保障した皇帝の裏切りで教皇使
節に逮捕され修道院監獄で拷問を受けたが、1415年7月頑固な異端者という罪目で
火刑に処された。ジェロームも翌年5月に火刑で処され、この地の改革の火は消え
た。一方ローマカトリックの本拠地のイタリアのフローレンスFlorenceでも医学を
勉強したドミニカン修道士のサボナローラG. Savonarola(1452~1498)が立ち上が
って教皇の権威を否定し、腐敗したローマ教会の改革を公然と主張して異端者と断
罪され46歳に火刑に処せられたが、ルネサンスの巨匠ミケランジェロMichelangelo
は彼のメッセージの聴衆の一人だった。
 

皆が知るべき教会の歴史 2

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月24日(月)09時08分47秒
編集済
  3.中世の始まりとローマカトリック教会の成立

中世 ローマ教皇権の確立
A.初めの数世紀間、キリスト教には今日言われるような教派はなかったが、キリ
スト教の五本山として知られているエルサレム、アンティオケ、ローマ、コンスタ
ンチンノープル、アレックスサンドリアの教会がそれぞれの神学を競って互いに優
位を競う主導権紛争が続いた。しかし歴史はローマ教会の勝利に終わった。
B.ローマは使徒パウロとペテロの殉教地という伝統的な自負心と共に大ローマ帝
国の首都という政治的メリットも持っていた。しかも330年東ローマ帝国が首都を東
方のコンスタンチンノープルに移転して形成された政治力の空白がローマ教会監督
によって取って代わられた。
C.392年キリスト教がローマの国教になり、政教癒着が始まった。時に始まったゲ
ルマン民族のローマ侵入を外交努力で防ぎとめたローマ教会監督Leo Iは、西暦451
年に最初の“父”を意味する今日の教皇の名称“Pope”というタイトルを公認され、
ここに最初の教皇が誕生した。
D.533年ユスチアヌス1世という教皇はゲルマン民族に蹂躙された西ローマを回復
する事にキリスト教の力を利用しようとし西ローマの精神的指導者になったローマ
教会の監督を全世界教会の頭と宣言し、これに障害になるゲルマン部族、ヘルリ
(493年)、バンダル(534年)、東ゴード(538年)をそれぞれ滅亡させることによ
って、ローマ教会が教皇権によって政治を主導する中世が始まった。この状態が6世
紀に始まり18世紀に教皇権がフランス革後に没落するまで12世紀以上も続いた。
E.それと近い時、世紀622年アラビアで起きたマホメットの起こしたイスラム教は
ローマ教会の主導権確立に大きな役割をした。ローマ教会の競争相手だったエルサ
レム、アンチオケ、アレクサンドリアなど東方の三大本山教会が7世紀初めに全てイ
スラムによって占領され消滅する事により、ローマ教会のキリスト教世界における
指導力はかえって確固たるものとなった。また732年にはヨーロッパを西側から侵入
したイスラムの勢力を追い払った功績を盾にした宮宰のカール・マルテルCharles
Martelはゲルマン民族が立てた最大王国であるフランク王国Frankの王位を不法に強
奪した。カロリング王朝Carolingianのピピン3世Pepinは、ロンヴァルドからラヴェ
ンナ地方を奪取して教皇に寄進し(ピピンの寄進)、ローマ教皇の支持を得て王位
についた。当時、教皇は東ローマと対抗する必要があり、背後に強力な国家を求め
ており、双方の利害が一致してカロリング朝とローマ教会が同時に発足したのであ
る。こうして今日のように領土まで備えた最初の宗教国家が誕生するに至った。

F.このように領土と教権を確保した教皇権は11世紀に至って中世期封建制度で政
治と経済のコントロール中枢となる叙任権まで勝ち取ることによって中世期絶対権
力を思うがままに掌握するに至る。絶対権力は絶対に腐敗するという法則は教皇権
も例外ではなく、既に4世紀に起きた背教に先たったローマ教会は急速度に頽廃と堕
落の道を走った。
G.こうして4世紀以来聖書信仰の係留綱が切れたローマ教会は6世紀に確立した教
皇権Papacyを押し立てて世俗的潮流に進路を任したまま中世期霊的暗黒時代に向け
て長しい背徳の道に暴走を始めた。

中世教会の背教の歴史とその内訳
こうして始まった中世教会の背教はその後中世期約1200年間続きその悪徳を重ねて
いった。次の歴史年表リストは長老教神学者Loraine Boettner博士の著書で取り揃
えたものだ。深みにはまるに任せて深くはまったこの背教の深い谷間を誰が埋める
のか。
その答えが宗教改革だった。そしてそれが宗教改革の主体のプロテスタントの避け
られない責任と歴史的使命だった。今日、私たちが属している教会がこの深い背道
の谷間を埋めるためどのような役目をしたか?そしていまだに教派の伝統に従い受
け継いだ信条の中でどのようなことが明らかされたか、何が聖書信仰に行き違う背
徳のだったのかを反省しながら詳しく見てみよう。この深い背徳の谷をルターLuther
とカルビンCalvinとウェスレーWesleyが一気に全て埋めたといえるだろうか?この
ような背徳の内訳と汚染から完全に抜け出した教会が本当にあるのか?あるならそ
れはどのような過程を経てそのようになったのか?それをつきつめるのがプロテス
タントが起こって宗教改革を始めた原因と結果ではないのか?
 

“救い”について

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年 8月13日(木)06時09分18秒
  主を信じる私達の間で、“救い”という言葉をよく耳にします。

ローマ人への手紙1:16“全て信じる者に、救を得させる神の力である”と書いてあります。

この“救い”とは、何からの救いなのかと改めて考えています。

主は私たちを救われる。果たして、それは何からの“救い”なのか。

改めて考えると、その言葉の重さを感じます。

私は、“救い”とは、罪の結果である“死”からの救いであると考えています。

改めて“救い”とは何なのか教えて下さい。
 
    (牧師) 何から救われる事が救いなのかという疑問に正しく答えるには、神があらわされた聖書以外には答えはありません。
まず、人が救われなければ必ず死ぬべきであるという状態になったのはいつからであったかという問いには、創世記のエデンの園の最初の堕落の事件が出発点だったことがわかります。それによって救われる結果は人間が堕落して神から離れる前の状態に戻るということがわかります。
次に、信仰によって救われる歴史的実物教訓として聖書に綿々と語り継がれているのは、イスラエルの出エジプトの経験です。出エジプト3:8にあるようにイスラエルの民がエジプトの奴隷の状態から救われたという言葉が、ユダヤの過ぎ越しの祭りのテーマとして延々と今日まで語り伝えられています。キリストの十字架も過ぎ越しの祭りの子羊の犠牲として掲げられ、イスラエルの民をエジプトの奴隷から救ったように、今日の我々もまた罪の奴隷からキリストの犠牲の信仰によって救われることが摂理のうちに明らかにされました。
救いは罪の結果である死からの救いというのはその通りです。それだけではなく、罪の結果による「奴隷状態」からの解放も意味しているということを聖書から学んで欲しいと思います。
 

我々の信仰のルーツを振り返る 1

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月10日(月)23時31分57秒
  夜明けを起こす人々−the WaldensesとAnabaptist派
4世紀以来1千年以上 中世の暗黒の中に閉じ込められた安息日の真理に夜
明けをもたらしたのは12世紀に起こったワルデンセスWaldensesだった。13世紀に至
りヨーロッパの22カ国に拡散したワルデンセス改革者の息吹の中に既に安息日の回
復の姿があらわれたことを歴史家たちは確認している。
このような歴史は清教徒と共にBaptistの霊的ルーツになっている16世記
の忠誠的で徹底的だった改革者たちだったAnabaptist派から一段と明確になった。聖
書だけを信条とし幼児洗礼を初め中世カトリックの全ての儀式と伝統を徹底的に排撃
したAnabaptist派の中には安息日を遵守する群れがあらわれた。その代表的な指導者
はカトリック司祭からAnabaptist派に転向したOswald GlaitとAndreas Fischer夫婦
だった。
ダニエル書を深く研究した末、彼らは安息日は変更できぬ戒めだったこと
に気づき、それが日曜日に変わったのはダニエル書(7:25)に予言されてる通り、
“時と律法とを変えようと”した小さな角である教皇権によることを確信した。
Fischerはこのように文で証言した。

証:Fischer
“聖書には安息日に対し頻繁に言及しているが、もし日曜日に関して言及する聖句
があれば私は安息日の代わり日曜日を守る。 …モーセと預言者たちと新約聖書は
十戒の遵守を命令しているため安息日も含まなければいけない。ヤコブやパウロに
よって律法が言及された時、その律法は安息日を含むものだ。その上、まして信仰
は律法をたてるため「ローマ3:31」安息日もたてるものだ。”

このような教えは当時のローマカトリックやプロテスタント一般にとっ
て脅威とされ、Fischer夫妻は1529年即時異端として逮捕され、妻は生きたまま溺
死させられ、Fischerは1539年城郭から投げ落として殺された。Glaitは1546年手足
を縛られたまま夜中にドナウ川に投げ込まれ中世期霊的暗黒の鎖を断ち切って真の
安息日を復興させるために高い犠牲を支払った。

新世代のBaptist−セブンスデーバプテスト
ついに朝が明けてきた。日曜日を第七日安息日と信じ聖とするなど与えら
れた光に忠実で最善を尽くし生きてきた清教徒たちに真の光がやってきたのだ。国教
会「聖公会」を去り会衆派清教徒牧師として活躍したJohn Traske 1583~1636は1616年
ロンドンのMill Yard教会で集会を指導していた中で彼に学んでいた会衆の中の一人の
Hamlet Jacksonから第七日安息日を紹介され相当数の会衆と共に安息日を遵守するよ
うになった。結果として1617年Mill Yard教会は会衆制度を維持しながら幼児洗礼を
否認し第七日安息日を遵守する最初のSeventh Day Baptistsになった。
信仰と良心の自由を極めて尊重し、各人が聖霊の引導で啓発された良心を
従い自由に聖書を研究し自ら信仰を守り進み、信者に水に沈む浸礼を授けるなど正統
Baptistの全ての信条に忠実でありながら聖書上の第七日を安息日として守るSDBこそ
がBaptistが産んだ長子である。しかし異端として告発されたTraske牧師は苛酷な拷
問と海上監獄での苦痛を耐えきれず信念を曲げたが彼の会衆は散らばらなかった。彼
の妻Dorothy Traskeは16年間牢獄で高潔な信仰を守りながら獄死してしまった。
歴史の記録に残ったMill Yard第七日Baptistの二番目の牧師は、英国の世
国王、ジェームス1世とチャールズ1世と2世の宮廷医師だったPeter Chamberlinだ
った。第三代牧師はJohn Jamesだったが、彼は1661年10月19日安息日説教中に逮
捕され次の月26日絞首刑に処された後、首を切られ長竿にさされ、Mill Yard教会の
庭に晒されて安息日遵守の報いとして公開された。こうして “神の戒めを守り、イ
エスのあかしを持っている者たちに対して、戦いをいどむために、出て行った。そし
て海の砂の上に立った”(黙示録12:17,18)サタンの憤怒が露骨的に表現さ
れた。

翌年の1662年改革信仰のため投獄された国教会牧師Francis Bampfieldは個
人的な聖書研究の末に第七日が聖書的な安息日であるのに気づき、9年間の間、伝道
をし続け、“第七日Baptistドルチェスタ監獄教会”をたてるに至った。出獄後、再び
安息日を教えた罪目で3度も投獄された後1684年70歳の高齢で寒く湿ったNewgate監
獄で息を引き取った。

米国に移植された安息日

殉教者の死はいつも真理の種になり、より増えるものだ。Bampfield牧師
が牧会した教会から出た熱誠ある信者Stephen Mumfordが立って安息日のメッセージ
を持って1664年米国のロードアイランドに渡っていった。彼はそこにいるBaptist
信徒たちに、十戒の不変性と第七日安息日遵守を熱心に教えた結果、数人の清教徒
信者たちを導いた。しかしここのBaptist教会までも彼らを異端とみなして迫害し
1671年12月23日Mumford内外を初め7人の信者たちがそこからでて信仰共同体の
盟約を結び新大陸で一番目になる第七日BaptistをロードアイランドのNewportに建て
た。ついに新大陸に安息日の真理が根をおろした。

1802年に9人の牧師と1130人の信者で総会を構成したSDBは、まもなく起
きる超教派的な大覚醒運動の結果で形成された一団の再臨信者たちに彼らの命を捧
げ守護した安息日真理を伝達した。それによって第七日安息日イエス再臨教(SDA)
の出現を後押しした。これは16世記におきた一連の未完成の宗教改革のプロセス
の総仕上げとする摂理だったことが歴史から明らかである。

(連載として散発的に続きます みなさん適宜ついてきて下さい)
 
    (牧師) ちなみに、アメリカのSDBの現在の本部はウィスコンシン州のJanesvilleにあります。我々がかつて住んでいたMadisonからそれほど遠くありません。  

確認をします

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月10日(月)04時46分3秒
  もう皆さんは理解して下さったと思いますが、ここは異なる意見の討論の場所では
ありません。また自説を振りかざして自己主張を行う場所でもありません。淡々と
聖書に書かれてあることを学び、互いに学んだ事を語り、わからないことがあれば
質問をする、という単純な場所です。一応私が監督ですから、SDAの教えに明確に反
する記事、上記のルールに従わない独善的な発言、荒らし、反対意見ではない誹謗
罵倒中傷は非表示または削除(確信犯の場合はIPさらしもあります【笑】)という
システムになっております。その趣旨をご理解の上淡々とした進行にご協力願いま
す。これからも嵯峨野教会聖書研究室をよろしくお願いいたします。
 

旧約に学ぶ信仰

 投稿者:(ま)  投稿日:2009年 8月 7日(金)21時58分4秒
  アブラハムの約束:旧約聖書で神様は色んな約束を人々にしているように思えますけど、一つの約束しかしてないのですね。それは、キリストが人類のために死んでくださって、世界が罪から救われることなのです。神様がアブラハムに与えられた約束は、キリストと人類の救いなのです。アブラハムの子孫が約束の地に入るというのは、キリストによって救われる数多くの人たちが天国に入るということなのです。アブラハムがイサクをいけにえとして捧げるとき、息子を思う思いとともに、息子の子孫から出るはずのキリストととそれにかかっている自分の救いはどうなるのだろう、とすごい信仰を求められたのです。でも、アブラハムは、そもそもイサクはありえない「死」の体から生まれたので、キリストも死から生まれるだろうと、神様の約束を信じたのですね。イサクが死んでも蘇るという確信があったのです。こういうわけで、アブラハムは信仰を働いたのです。働きと信仰によって義とされたのではなく、働く信仰によって義とされたのです。神様の与えられたすばらしい約束を信じて、それに信頼しているという証をするために行動に移したのです。

割礼は古い契約から新しい契約に入ることを表しています。アブラハムが自分の肉に頼って、神様の約束を成就させようとした結果イシマエルが生まれました。そして、イサクは、人によらず神のみの力で生まれました。なので、自分の肉に頼ってはいけないということで、割礼をすることになったのです。それは、自分の肉に頼らなくても、キリストは必ずお生まれになることを約束されたという印なのです。そして、アブラハムは割礼を受ける前に約束の契約が与えられていたので、彼は、異邦人とユダヤ人の信仰の父なのです。それだから、心に割礼あるものは、すべての人がキリストによって救われるとの約束なのです。

ヤコブの約束:長子の権利は、約束の地に入れることと、財産を手にすることと、その子孫からキリストがうまれるということです。この財産というのは、天国の財産で、アブラハムにも約束されたものです。これは、だれでも、信仰による義で手にすることはできるのです。ヤコブに長子の権利が与えられるとリベカに予言されたのは、それはヤコブからキリストが生まれるために選ばれたということなのです。なので、エサウは神から捨てられたということではないのです。信仰によれば、エサウでも救いの財産を手にすることができたのです。ヤコブはエサウと違って、霊的な財産を得たいと思ったのですが、自分の力で手に入れられると思って、人生に悔いる大変な過ちを犯してしまいます。そして数十年後もエサウの怒りは以前のように激しく燃えていました。それで、ヤコブはエサウに再び会えば殺されてしまうのではないかと恐れていました。そして、明日のために神様がいてくださる確信を得るためにその夜を過ごそうとします。しかし、その静かな時間はある攻撃者によって壊されるのです。攻撃者と格闘しているヤコブはどんだけ失われていく時間に苦痛と苦悩を感じたのでしょう。けれど、攻撃者が触っただけで腿が外れた時、ヤコブはこれは普通の人ではなく神の人だと知ったのです。普通の人の腿が外れたら、一瞬にして倒れてしまいます。ヤコブも倒れましたが、意図的に神の人の方向に倒れてしがみつきました。救いと命は神様に掛かっていたからです。神の人が「離してください」と言われたのは、ただヤコブの信仰を試すためでした。神様は、意図的に人からは離れません。そして、ヤコブは祝福を神から得ることができたのです。それは、彼の力ではなくて、信仰によって得られることだと悟ったのです。そしてエサウに会うときはもう恐れませんでした。それは、神様に信頼することによって天の財産を得たことを確信したからです。

出エジプト:神様はパロに奇跡を見させるたびに、神の民イスラエルとエジプト人たちとの違いを見せさせた。それは、エジプトを滅ぼすためではなく、エジプト人が信じて救われるためでもあり、噂にながれて他の国民も救われることをご計画なさっていた。神様は全世界の救いを望んでおられるのです。そして、選ばれた民をつかって、神の栄光を現し、皆にキリストの福音が伝わるように望んでおられるのです。エジプトから出たイスラエルの民を神様は近道には導きませんでした。険しい山と海に挟まれたところで、エジプト人が追ってくることは予想されていました。しかし、神様が民を導いて守ってくださることを示すためにそうしたのです。そして、近道ではペリシテ人の地域に入るので、戦争に巻き込まれる可能性があり、イスラエルの民はまだ戦える準備などできていなかったのです。それだけではなく、イスラエルの民はまったくカナンの地に行くまで戦う必要はなかったはずなのです。それは、神様ご自身の御手によって、人の力で押し通すのではなく、カナンの地にはいるのです。民はただ信じる信仰だけでカナンに入れたのです。もし、イスラエルの民が疑わずにいたら、戦いなしでカナンの地に入れたでしょう。最終時代には、選ばれた民がまたカナンの地を目指して試練の旅をたどります。天国という目的地にたどりつくまでに、いろんな民をキリストのもとに導きいれていきます。約束の地は、人によらずキリストの信仰によって与えられるのです。

マナ:残りの民は神から与えられたマナで生きていくのです。神の言葉そのものなのです。神の力のみで導かれるのですから、神から食物をいただいて生きるのです。

シナイ山の律法:律法は罪の重さを思い出させるために書いたものです。それは、自分の罪深さが見えることによって、神の恵みの深さがあらわれることなのです。神様は律法を与えることによって、ますます信頼して欲しいと思ったのです。そして悔い改めをさせるためです。イエス様が昇天されたあとの一番最初の聖霊の働きは、皆に罪の自覚を与えさせ悔い改めさせることでした。自分の力で律法を守れるということを思わせるためにあるわけではないのです。それは信仰の義によらないのです。行いの義で自分が良い行いをしようと思えば、十戒だけでは足りないと思いがちで、どうしても人間的な律法を付け足してしまいます。そして、律法を付け足すにつれて、どんどん神様に従うことが重みになってしまい、ついには宗教を捨てたくなるところまでいってしまいます。これはパリサイ人達がやっていたことです。行いの義によって、律法ののろいの下に縛られていたのです。律法ののろいとは罪に対する死の宣告です。罪が大きいほど、神様の恵みはそれ以上に大きいのです。至聖所の契約の箱には律法が入っており、箱は神の御座を表しています。神の御座は恵みの座です。神の御前に来て恵みを賜り、罪を克服することができるのです。多くのクリスチャンは、「神様、何をすれば神の働きができるのでしょう?」と問います。しかし、我々罪人は罪のうちにあり、神様のなさる働きなんてとうてい自分たちでできるはずがないのです。むしろ、「神様の御心が我々の上になされますように。」と考えましょう。

エリコの城壁:民が城壁を回ったときにはすごい信仰がいりました。最初の一日や二日は、この奇妙な戦い方にエリコの住民は恐れをいだいていたのですが、しばらくたちますと、その行動が馬鹿らしく見えてきたでしょう。たとえ世の中から、まったく無意味で無駄な行動をしているな、と思われても、神様の御心を信じて疑わないことです。七日目に城壁を回り終わったときに、頑丈な建物に少しも崩れたところはありませんでした。しかし、ヨシュアは、「勝利の声をあげなさい」といいました。勝利は見えないけど、まるで勝利したように叫びなさい、といったのです。そして、民は従って、信仰によって勝利したのです。

アイの民:しばらくして、民はアイの人々と戦って負けてしまいました。それは、エリコの城壁の簡単な勝利を見てから、アイの人々の数を見て、「このくらいの少数人数だと勝てるでしょう」と言ったからです。エリコの城壁の勝利を自分たちの力も加わっていたから、と誤って考えてしまったのです。勝利は、神様だけのものということを学ばされたのです。

ヨシャパテ王:(第二コリント20章)神様は、民のために戦われたから、勝利の賛美をしなさい、と命じられました。ヨシャパテ王と民はこれを信じて、歌う人達を集めて戦いの先頭に立たせました。そして、敵の目の前で勝利の賛美を歌いました。すると、敵にむかって他の民が立ち上がって戦い、敵の方は混乱に陥りお互いに殺しあって全滅しました。まったくイスラエルの民は戦わず、ただ神が戦われることを賛美しただけなのであります。

安息日:神様は、我々を完全で欠けたところの無いように造られて満足しました。その六日間の仕事を終えた後に七日目でエデンで休まれました。このエデンの意味は“delight”(喜び)です。神様は七日目に喜んで休まれたのです。安息日は、エデンの園にアダムがいたころのように、神様に日常的な必要を満たしてくださることを信じて感謝する祝い日です。信仰によって休みに入れるのです。これは、天国に入るのと同じような休みです。天国に入れるという勝利を確信して賛美する日です。安息日に本当に休めるには、六日間のあいだに神様により頼むことをしていなければ難しいでしょう。なぜなら、神は七日目の日を祝福されたからです。七日目に人を祝福されたわけではないのです。六日間働いた信仰で、成長した信仰によって休みにはいることができるのです。

おまけ:神様は私たちを先に愛してくださったから、私たちも神様を愛するのです。そのように信仰も神から発したものなのです。神様が我々を信じてくださったから、我々も神様を信じられるのです。たとえ、不信仰であっても、神様は我々のことを信じ続けてくださるのです。
 

ヨブ記の神の子たちとは

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年 8月 6日(木)10時41分40秒
  ヨブ記の1章に記されている“神の子たち”とは、
誰をさしているのでしょうか?
 
    (牧師) それは天の使いたちを指しています。ルシファーも本来その中の一人でした。  

なぜですか

 投稿者:長老X  投稿日:2009年 8月 5日(水)20時44分14秒
  あなたが発言禁止になさったかもめさんが2チャンネルでこのように述べてあなたを批判しています。自由な聖書研究と交換の場としてこの聖書研究室が設営されたのと矛盾しているのではないかと言いたい様子です。牧師様の率直な真意をお尋ねしたいと思います。

(引用開始)
62 :オソマツ:2009/08/05(水) 17:15:26 ID:IMvn64Ms
ところで、
自称牧師が、過去に取ってきた行動は、何かに似てゐませぬかな。
さう、共産主義国家、或ひは独裁国家の、蛮人がとった、極めて卑劣な行動を。
例へば、今のシナ。一見、ご尤もな経済成長を遂げてゐるやうには見へる。
しかしながら、その政治体制は如何なものか。
過去、この国家は選挙をしたことがない。
己の意に沿わぬ提言、若しくは苦言を、問答無用に排除、或ひは切捨て、
然るべく処置をとる。
さやうな国家が、歴史上、長く続いたためしはない。
何となれば、自由のないところに、人様のこころを捉えることなど、
到底、覚束ない故に。
すべては、ここから、はじまる。
(引用終了)
 
    (牧師) 率直なご質問を感謝致します。まずはじめに、この掲示板は「聖書研究室」であり我々の信仰の信条と基本的に異質のものを混ぜながら発展する意図を持っていない事を第一にご了承願います。聖書理解を深めSDAのアイデンティティを再確立する基礎固めをするのがここの目的です。冒頭のルールに従わない人はもちろん、聖書からの残りの民の使命を希釈するような思想、教えは排除されます。意見なら嵯峨野教会理事会にでも書けばいいのです。私たちは聖書の原則から逸脱した教会内の「多様性」を尊重しません。そんなことをしていたら、いつまでたっても若い人達に真っ直ぐな信仰を教えられません。またここは聖書を共に学ぶ教室です。教導的な説明を第一にしています。自分の頭で考えろと言って読者を放り投げる事は私たちの聖書研究室の方針に反します。狼や熊がやってきて、それらを羊の群れに喜んで迎え入れる羊飼いなどいません。私たちの教会の基本教理と信条が変性しないように次の世代に伝えるために、こうした「保護主義的」ともいえる参加者保全の運営方針を率先して採用している事をご理解下さい。
なおこの方針は嵯峨野教会聖書研究室の方針であり、嵯峨野教会理事会掲示板の運営の方針とは異なります。嵯峨野教会理事会は聖書研究室とは異なり戦闘的に真理を語る掲示板ですから、多少我々の信仰と異なる人が書き込んでも掲示板冒頭に記載されたルールに反する言動を行わない限り大方は削除せずに表示と発言保存をしています。
 

最も基本的な聖書理解クイズの回答

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 8月 2日(日)06時07分28秒
  「信仰による義」を正しくあらわしているのは次のうちのどれですか。

1 自分は義とされたと信じることによって義とされ救われる。
2 鰯の頭とか南無阿弥陀仏信仰とか狂信と罵られようが、とにかく信じれば救われる。
3 あなたがイエスキリストを信じる信仰によって救われる。
4 イエスキリストがあなたがたが救われると信じた彼の信仰によって救われる。



私の妻は少女のときに香川バンドの日曜聖書教会で導かれました(後にSDAに転
向)。その時に聖書研究をしたアメリカ人宣教師ラルフ・コックスは「あなたがた
が聖書の福音に生きるとは、次のこの聖句を自分のものとすることだ」と教えまし
た。こんな聖書教師がSDAには少ないのが残念です。彼はどの聖句を上げたので
しょうか。次の中で最も適切なものはどれですか。

1 ヤコブの手紙4:4
 「不貞のやからよ、世を友とするのは神への敵対であることを、知らないか。
  おおよそ世の友となろうと思う者は自らを神の敵とするのである」
2 ペテロ第一の手紙1:15
 「むしろ、あなたがたを召して下さった方にならって、あなた方自身もあらゆる行い
  において聖なる者となりなさい」
3 ローマ人への手紙8:11
 「もしイエスを死人の中からよみがえらせた方の御霊があなたがたの内に宿って
  いるなら、キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたかたは、あなたがたの
  内に宿っている御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださる
  であろう」
4 ガラテヤ人への手紙2:20
 「生きているのはもはや私ではない。キリストが私のうちに生きておられるのである。
  しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、私を愛し、私のためにご自身を
  ささげられた神の御子を信じる信仰によって生きているのである」



弱き者様、ポテト様、正解です。ここを読んでいながら、ここに答えをお書きにな
らなかった方でも正解された人は多いと思います(かもめ様、もう内容の無い茶々
入れはきっぱりお断りです)。

単純なことのようですが、こうした基本的な聖書信仰の認識を一つ一つ確認しなが
ら積み上げてゆくことは大切です。そうして各人が信仰生活でこつこつと学んだ事
を他の人に教えるのが伝道なのです。

嵯峨野教会はまた、SDA教会の使命を確かなものにするために、教会の歴史の研究も
みなさんにお勧めしたいと思います。SDAが他教会と比べて劣っているものは本来何
もありませんでした。結果的に劣ってしまっているように見えるのは昔の指導者の
背信と聖書研究の欠如のせいです。みなさんもこれから失われかけたSDAを再発見し
ていきませんか。そのために嵯峨野教会聖書研究室が一助になれば幸いです。
 

信仰による義・考

 投稿者:かもめ  投稿日:2009年 8月 1日(土)18時47分23秒
  信仰による義ですが、
そもそも、信仰とは、誰が誰(何)に対して成すところのもの(行為)でしょうか、と
考えるならば、先に挙げられた優等生的答え?は答えになっていない、と言えるでしょう。
このことの意味を悟ることのできる者は幸いでしょう。
おそらく、このコメントに対しては、イチャモンをつけるでしょうが、真摯な姿勢で信仰
を持っておられる方は、私の言っていることの真意を捉えることができるでしょう。
それに、残念ですが、かかるテーマを、
このような一部の文言や聖句で括りつけようとする姿勢は、物事全体を捉えようとしない
対症療法に酷似しているようですね。

別件ですが、bbsの私のコメに対する、あの意味もない注釈は何ですか。
私が言おうとしていることが、サッパリ、ご理解できていないようですね。
キッパリと言えば、あのコメントは、貴殿の薄さを如実に露呈したに過ぎませんね。
貴殿の、洞察に欠けた見解を聞くためにUPしたのではありません。
 
    (牧師) 答えにもなっていないと、文句や茶々を入れるだけで、自分の見解はろくに語らず訳のわからない独り善がりのヒントでごまかして逃げるというのは貴殿のいつもの不誠実な発言姿勢です。自分の言うことが優れているとのぼせているのでしょうか。私は少し位のぼせていてもいいと思っていますが、せめて学ぶ姿勢は見せて欲しかったと遺憾に思います。異なる意見でも筋の通ったプレゼンテーションでもしていれば対立見解として評価されて敬意を表されたでしょうに。ついでに他の人の会話に割り込んで泥を投げつけて帰るのも貴殿のいつもの不真面目な姿勢です。それで真摯な姿勢の信仰者に何が訴えられるとでも言うのでしょうか(貴殿の聖書理解はご自分の思うほど深くありません。そんな人の思わせぶりに同調してまで洞察のあるふりをして差し上げるほど私は暇ではありません)。こうした短小軽薄な妨害発言を繰り返してきたからこそ発言が非表示にされた迄です。
これが貴殿の発言IPです。
softbank219042200171.bbtec.net(219.42.200.171)
この無内容で軽薄な発言を愚行の証拠として残し、眞に申し訳ありませんが貴殿の嵯峨野教会聖書研究室での発言の最後とさせていただきます。当板の読者も貴殿の発言が許可されない理由をこれでもう十分納得されたと思います。貴殿に神の憐れみと祝福がありますように。さようなら。
 

ポテト様へ

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年 7月30日(木)18時53分54秒
  ポテト様、はじめまして。横レス、何卒ご容赦下さい。ポテト様のご投稿を拝見させていただき、心に浮かんだ聖句と思いがありましたので、投稿させていただきました。

ポテト様は、他教会に転会されているのですね。しかし、今でもポテト様をSDAに導かれた牧師様と交流があるとの事。本当に、その様な交流は素晴らしいと思います。

ポテト様。SDAに対する思いがあるのならば、迷うこと無く、戻られたら良いと思います。

主の民イスラエルは、何度も主から離れました。それでも、主のあわれみ深い招きにより立ち返りました。

“だから、聖霊が言っているように、「きょう、あなたがたがみ声を聞いたなら、荒野における試練の日に、神にそむいた時のように、あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない。」”(ヘブル人への手紙3:7〜8)

…ポテト様のご投稿を拝見して、心に浮かんだ聖句です。

横レス失礼致しました。
 

わたしは

 投稿者:ポテト  投稿日:2009年 7月30日(木)18時07分43秒
  『信仰による義』の答えは4.
私が信じることは、イエスキリストの鏡に映し出され、独りよがりなのか、それとも御心にそうものなのか明らかになる・・・からです。
第二問は、4.ガラテヤ人への手紙2:20。
↓の回答と同じになってしまいましたね。

ところで、数日前、SDA 教会で再受浸の夢をみました。
そういうことがあり得るのか否かはわかりませんが、40数年前に受浸、他教会に転出20数年にもなりますが、40数年前に私を導いてくださった牧師が、ずっと、今も私の事を祈り続けて下さっているのです。度々電話を下さいます。100キロは離れていますが、私が危機的なときは、何度も駆けつけ、祈り、一緒に悩んでくださいます。・・・最近、SDA を離れたのは間違いだったと繰り返し思っています。牧師様のこのページがなかったら、自分の信仰をしっかり吟味することはなっかでしょう。
・・・一旦真理を受け入れたにも係わらずその道をそれた者に、再チャンスはあるのだろうか?ただ、SDA にもとことんすごい牧師は居られます。
 

お答えありがとう

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 7月29日(水)07時50分18秒
  弱き者さんの問題に正面から向き合った真摯な姿勢にはいつも感銘を受けます。
かもめさんも自分勝手なコメントばかりしていないでお答えになってはいかがでしょう。
 

考えてみました

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年 7月28日(火)21時44分18秒
  信仰による義の解答は4番だと思います。根拠は、ガラテヤ人への手紙3:22です。以前、嵯峨野教会牧師様が解説された記事を思い浮かべました。

聖書の福音に生きる為に自分のものにするべき聖句の解答は4番だと思います。

この聖句を考えていた時、ローマ人への手紙1:16が心に浮かびました。
 

最も基本的な聖書理解のクイズ

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 7月27日(月)21時43分9秒
  「信仰による義」を正しくあらわしているのは次のうちのどれですか。

1 自分は義とされたと信じることによって義とされ救われる。
2 鰯の頭とか南無阿弥陀仏信仰とか狂信と罵られようが、とにかく信じれば救われる。
3 あなたがイエスキリストを信じる信仰によって救われる。
4 イエスキリストがあなたがたが救われると信じた彼の信仰によって救われる。



私の妻は少女のときに香川バンドの日曜聖書教会で導かれました(後にSDAに転
向)。その時に聖書研究をしたアメリカ人宣教師ラルフ・コックスは「あなたがた
が聖書の福音に生きるとは、次のこの聖句を自分のものとすることだ」と教えまし
た。こんな聖書教師がSDAには少ないのが残念です。彼はどの聖句を上げたので
しょうか。次の中で最も適切なものはどれですか。

1 ヤコブの手紙4:4
2 ペテロ第一の手紙1:15
3 ローマ人への手紙8:11
4 ガラテヤ人への手紙2:20


答えは今週の安息日明けに発表。
 
    (牧師) http://ameblo.jp/mother-takase/entry-10104440180.html  

アブラハム・イサク・ヤコブの約束の要約

 投稿者:(ま)  投稿日:2009年 7月24日(金)20時48分9秒
  アブラハムの約束:旧約聖書で神様は色んな約束を人々にしているように思えますけど、
一つの約束しかしてないのですね。それは、キリストが人類のために死んでくださって、
世界が罪から救われることなのです。神様がアブラハムに与えられた約束は、キリスト
と人類の救いなのです。アブラハムの子孫が約束の地に入るというのは、キリストによ
って救われる数多くの人たちが天国に入るということなのです。アブラハムがイサクを
いけにえとして捧げるとき、息子を思う思いとともに、息子の子孫から出るはずのキリ
ストととそれにかかっている自分の救いはどうなるのだろう、とすごい信仰を求められ
たのです。でも、アブラハムは、そもそもイサクはありえない「死」の体から生まれた
ので、キリストも死から生まれるだろうと、神様の約束を信じたのですね。イサクが死
んでも蘇るという確信があったのです。こういうわけで、アブラハムは信仰を働いたの
です。働きと信仰によって義とされたのではなく、働く信仰によって義とされたのです。
神様の与えられたすばらしい約束を信じて、それに信頼しているという証をするために
行動に移したのです。

割礼は古い契約から新しい契約に入ることを表しています。アブラハムが自分の肉に頼
って、神様の約束を成就させようとした結果イシマエルが生まれました。そして、イサ
クは、人によらず神のみの力で生まれました。なので、自分の肉に頼ってはいけないと
いうことで、割礼をすることになったのです。それは、自分の肉に頼らなくても、キリ
ストは必ずお生まれになることを約束されたという印なのです。そして、アブラハムは
割礼を受ける前に約束の契約が与えられていたので、彼は、異邦人とユダヤ人の信仰の
父なのです。それだから、心に割礼あるものは、すべての人がキリストによって救われ
るとの約束なのです。

ヤコブの約束:長子の権利は、約束の地に入れることと、財産を手にすることと、その
子孫からキリストがうまれるということです。この財産というのは、天国の財産で、ア
ブラハムにも約束されたものです。これは、だれでも、信仰による義で手にすることは
できるのです。ヤコブに長子の権利が与えられるとリベカに予言されたのは、それはヤ
コブからキリストが生まれるために選ばれたということなのです。なので、エサウは神
から捨てられたということではないのです。信仰によれば、エサウでも救いの財産を手
にすることができたのです。ヤコブはエサウと違って、霊的な財産を得たいと思ったの
ですが、自分の力で手に入れられると思って、人生に悔いる大変な過ちを犯してしまい
ます。そして数十年後もエサウの怒りは以前のように激しく燃えていました。それで、
ヤコブはエサウに再び会えば殺されてしまうのではないかと恐れていました。そして、
明日のために神様がいてくださる確信を得るためにその夜を過ごそうとします。しかし
その静かな時間はある攻撃者によって壊されるのです。攻撃者と格闘しているヤコブは
どんだけ失われていく時間に苦痛と苦悩を感じたのでしょう。けれど、攻撃者が触った
だけで腿が外れた時、ヤコブはこれは普通の人ではなく神の人だと知ったのです。普通
の人の腿が外れたら、一瞬にして倒れてしまいます。ヤコブも倒れましたが、意図的に
神の人の方向に倒れてしがみつきました。救いと命は神様に掛かっていたからです。神
の人が「離してください」と言われたのは、ただヤコブの信仰を試すためでした。神様
は、意図的に人からは離れません。そして、ヤコブは祝福を神から得ることができたの
です。それは、彼の力ではなくて、信仰によって得られることだと悟ったのです。そし
てエサウに会うときはもう恐れませんでした。それは、神様に信頼することによって天
の財産を得たことを確信したからです。
(ま)
 

1844年について

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 7月24日(金)00時57分28秒
  1844年の事は誰からも質問がありませんでしたが、無視しているのではありません。
はっきりいえる事は、神が1844年に天の至聖所に入られたのはイスラエル再建命令
を起算点とする限りその通りであり、大覚醒運動と残りの民、最後の教会であるSDA
が召された摂理に一致しているということです。それ以降の起算点を取ることは何
を意味するのかはまた別な議論となります。それが1844年を無効にするものではな
いということだけは断っておきます。

ここは基本的聖書教理研究室なのでそれ以上の議論は行わない方針ですが、どうし
ても知りたい人は嵯峨野教会に対して悪意を持って妨害行為を続ける人が立ち去っ
た後に嵯峨野教会理事会で私にお尋ね下さい。
 

解説

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 7月18日(土)06時32分54秒
  「...キリストは、そういう体を持って生まれて世の中に来られました。
だから、私たちとおなじように罪の告白をしてバプテスマを受けられたのです」


娘になり代わりまして私が彼女の信仰告白の解説を致しましょう。

キリストは神であるにもかかわらず、罪の結果堕落退化して弱くなった人間の肉体
を取ってこの世においでになりました。キリストは人間として罪を犯しませんでし
たが、罪の影響を受けた肉体をお取りになりました。イエスには自分の犯した罪は
ありませんが、イエスは我々のほか全人類の罪の身代わりとなりました。イエスは
その「罪」を告白してわたしたちと同じように清めのバプテスマを受け、そして十
字架にかかられました。


という理解による証です。これについて質問や疑義がありましたら、ここに直接に
忌憚無くお述べください。かもめさんは僭越なルール違反をとがめられましたが、
自分自身の意見を誠実かつ率直に述べられる人がとがめられる事はありません。
 

ある牧師への手紙(娘が書いた)

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 7月15日(水)07時18分34秒
  長いことご無沙汰して申し訳ありません。学校でいろいろと忙しくて、夏休みも物
理のクラスをとりまして、やっと夏休みになった感じです。これよりもっととんで
もない言い訳は、元々は手紙ぶしょうだったので、そもそもメールをあんなに続け
ていたのが奇跡ぐらいなんです。メールを書けなかったのを申し訳ないと思いまし
たが、先生のことを祈ることしかできないで時間が過ぎていってしまいました。
Andrewsに来られなかったこととはあまり関係ありませんから。正直言って、日本
のためのほうが喜ばしいと思いました。

ところで、最近うちの家族とAさんと一緒にAndrewsであった1888についての
Meetingに一週間参加しにいきました。はじめはすごく難しくてなにを話している
のかついていけなかったのですが、Aさんがいろいろと解説してくださったので、
なんとか理解することができました。まず、最初に習ったのは、信仰についてどう
いう解釈をするということでした。聖書の中で、「キリストを信じる信仰」と書い
てあるところは、間違って翻訳されているらしくて、ギリシャ語を直訳すると、
「キリストの信仰」となるはずなんです。ギリシャ語の信仰というのは、信じる人
に焦点を置くのではなく、信じているものに焦点を当てているのです。つまり、神
様がどのくらい偉大な方で、「信頼する価値」に値するかが信仰なんです。だから
信仰というものは、神様がどれだけすばらしい方であるかを、その愛に感謝するだ
けなのです。自分の力で頑張って得るものではないんです。あるいは「信じます」
と告白してなるものでもないのです。

一番、聖書の中で理解できるこの信仰のDefinitionはマグダラのマリヤがイエス様
に香油を塗ったところの話なんです。なにも言わないけど、心が感謝で溢れている
のです。あと、そのことで学んだことなのですが、マリヤの買った香油は300デ
ナリ以上で、一デナリを一日の給料とすると、だいたい一年分の給料に値する品物
だったんです。それを、小さじ一杯ぱらぱらと頭にふりかけるのが普通なのに、イ
エス様の足にどばーっと、注いだんですよ。常識的に考えたらとんでもないことで
すよね。でも、その香油を注いだことはイエス様の十字架の恵みも表してるのです。
高価な油が床にも流れて、すごくもったいなく見える光景が、イエス様には自分の
血に見えたのでしょうね、と誰かが言ってました。イエス様は、人類のためにすご
くもったいないほどの犠牲を払ったのです。愛は計算しませんから。マリヤの行為
の結果、彼女はすばらしく十字架の説教と信仰とアガペの愛を世の中に十分に説教
したのです。彼女の信仰が、144000人の再臨信徒にも現れるのです。キリス
トの信仰によって品性を完全にして、キリストの愛を反射するのです。

あと、ヘブル書で、古い契約と新しい契約が、アブラハムの子のイシマエルとイサ
クで表されています。それは、古い契約とは、自分の力でなんとかやろうとする精
神なのです。アブラハムの信仰というのは、神様がすばらしい約束を話されたとき
に、アブラハムが「ああ、すごいですね」と感謝したときに、それがアブラハムの
信仰なんです。それで、約束の子が与えられるよ、と言われて長い年月が経って、
アブラハムがなにかその神様の約束を早めようかな、と自分の力で頑張ってできて
しまったのがイシマエルなんです。だから、それは古い契約なのです。それで、イ
サクが生まれたときは、それは100%神様の実業だから新しい契約なのです。二
つとも同じ契約なのですが、進み方が違うのです。イスラエルの十戒でも、本来へ
ブル語では、その律法は未来系にかいてあるのです。それは、神様に少しでも耳を
傾けたら、この掟も守れるような人に変えてあげるよ、と言われたのです。でも、
イスラエルの人は、「はい、全部守ります」と誓いました。自分で全部できると思
ったからです。これが古い律法なんですね。そもそもエジプトでは、なんでも命令
を守るということを習慣にしていて、十戒と反対な文化であったので(偶像もあっ
たし、姦淫してもよかったし、土曜日まもれなかったし)、神様が元に戻そうと、
神様のことを思い出させようとして十戒をお作りになったのです。そして、いつも
パロからなにか働いた報酬として食べ物が与えられていたから、神様はマナを降ら
せて、わたしが食物を与える神だよ、と思い出させようとしたのです。

それと色んなことが見えてきたという真理は、Corporationというものです。人類が
一体となっているということです。一つの例は、ヘブル書で、アブラハムがメルキ
ゼデクという祭司に十分の一の献金を捧げたときに、祭司のレビの子孫はまだアブ
ラハムの腰の中にいた、とあります。でも、結果的に、レビもアブラハムと一緒に
十分の一の献金を捧げたということになるのです。これは、私たちが罪を犯したの
は、アダムが罪を犯したから、というのと同じ原理です。私たちはアダムが罪を犯
したときに彼の中にいたからです。同じように、ダニエルが、イスラエルの民を自
分と一緒に含めて、「我々の罪をお赦しください」と求めているのもCorporationな
のです。神様は、私たちの罪を赦すときに、かすとかは残さないで、完全に吹き払
って清めます。それだから、誘惑に負けて罪が重なっているように思えても、それ
は違うのです。赦されたときには完全になくなっているのです。それで、自分は罪
を犯さないと思ったとしても、神様は、思いもよらないところの罪を私たちの心か
ら引き出してくださるのです。それは、たとえば、殺人はしていないけれども、も
し私が違った環境に生まれていたら、殺人をしたかもしれない、こういうところで
育ったら、真理を受け入れないがんこなパリサイ人になってたかもしれない、とか
そういう罪を教えてくださいます。だから、私たちが皆キリストを十字架に掛けた
というのは、そういう罪の傾向を持って生まれたからなのです。キリストは、そう
いう体を持って生まれて世の中に来られました。だから、私たちとおなじように罪
の告白をしてバプテスマを受けられたのです。そして、キリストがバプテスマを受
けられたとき、私たちはキリストの中にいました。十字架の上のキリストの中にも
いました。だから、私たちは罪に一緒に打ち勝ったのです。キリストが、荒野でサ
タンに誘惑に会われたときの、「人はパンだけで生きるのではない」という聖書の
言葉を引用したところがありますけど、そこのヘブル語で「人」というところは
「アダム」と書いてあるのです。だから、キリストは、「アダムはパンだけで生き
るのではない」と答えたのです。だから第二のアダムだと主張したことになります。

キリストの人性はアダムよりも衰えたものです。証拠に、イエス様はTorahをお読み
になりました。アダムの時代では、記憶力が良いので読むことはしなかったからで
す。キリストの人性がよく見えてくるのは、ルカの22章で、イエス様が、ゲッセ
マネの祈りで「わたしの意志ではなくて、神様の意志がなりますように」とあると
ころです。今までずっと「わたしの意志は父の意志」と言われていたのに、ここで
は二つの意志に分かれているのです。それは、人間が死にたくない、と思う気持ち
が入っていたからです。アダムが堕落する前は、エバが堕落したときに、エバのた
めに溢れる愛があって、罪のために堕落した運命を共にしたい、という気持ちがあ
ったのです。ところが、アダムが共に堕落したあと、エバに罪の所為をなすりつけ
てまで、自分自身を守って生き延びたい、という気持ちに変わったのです。罪にあ
る人は誰も、自分から死にたいとは思わないのです。そこで、イエス様はその人性
と戦われたのです。「命を救いたいと思うものはそれを失い、命を捨てるものはそ
れを得る」のです。よみがえる前の三日三晩(ゲッセマネの夜を含めて)、キリス
トは自分の人性の罪を思い巡らされました。(どうやら、三日三晩とは自分の罪を
思い返して悔い改める期間なのです。たとえば、ヨナとか、エステル(自分の民が
昔他のイスラエルの民と一緒にバビロンに行かなかったから、こんな目に会ってい
るのだ、と三日の間ユダヤの民と悔いたのでしょう)などです。
キリストがお生まれになったときは、霊と肉が合体していたのですから、まるで私
たちが聖霊が私たちとともにいるみたいない状態だったのです。それで、ずっと子
供の時から聖霊の声に素直に聞き従って、12歳のときに初めて自分の使命を悟っ
たのです。そして、信仰も成長しつつ、30歳になられたときに、イエス様の信仰
は完全になったのです。その完全な信仰を私たちが受け継ぐのです。いいえ、信仰
はもうすでに昔から与えられているものなのです。でもその信仰を使って、イエス
様と同じように罪を克服して完全なものとなって生きてイエス様を迎えるのが最後
の時代の人達なのです。神様の栄光は燃える永遠の火ですから、罪が少しでも残っ
ていれば焼き滅ぼされます。なので、地獄の永遠の燃える火というのは、あれは神
様の栄光で、我々は神様の燃える火の中の栄光で永遠に焼かれないで過ごすという
のです。罪人はすぐに滅んでしまいますけどね。生きて再臨を迎えられる人はその
すばらしい特権に預かっているのです。勿論、罪がなくなるということは、信徒た
ち互いの罪を告白して(Corporationの原理で)、団体で真の教会の花嫁としてキ
リストをお迎えすることです。だから、個人個人が霊的に成長していても、キリス
トの花嫁はまだ準備ができてません。1844年の時に、キリストが大祭司として
至聖所に入られたときに、Day of Atonement が始まったのです。昔では、これが、
大祭司が入っていって、罪の贖いをするために行くのですが、大祭司の罪や民の罪
が一つでも残っていたら、大祭司が死んでしまうのです。なので、民は皆罪の告白
を必死にして断食していました。この民、つまり私たちが一つになって祈って集ま
るときに、後の雨が降るのです。(そして、断食はずっとしてられないので、エレ
ンWhiteは、それでは、菜食にしましょう、ということになったらしいです。)

なんだかいっぱい書いてしまいました。でも、参考になってもらえたら嬉しいです。
後の雨のために励みましょう!
長谷川真知子より

copy: 嵯峨野教会牧師(父)
 

黙示録13章の預言が成就しつつある証拠

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 6月 4日(木)12時09分10秒
  客観的ということなのでこの決定的な写真を掲示しておきます。
見れば百言を要せずに黙示録の預言とEGホワイトの警告が成就しつつあるのがわか
ります。世界情勢が事ここに至っても自分の愚かなライフ発言を撤回しない白石と
いう人物は一体どういう精神構造の持ち主であったのかという懸念を、写真の掲示
と共にここに公式に表明しておきたいと思います。
 

客観的な視点

 投稿者:たまや  投稿日:2009年 6月 4日(木)10時16分26秒
  ヨハネの福音書より、そうだ・・・・詩篇69編にもありました。

『あなたの家を思う熱心が私を食い尽くす』とありますね。

あまり熱心に一途に、自分の力や教養を過信しないでください。
罠にはまりますよ。
客観的に自分を眺めたほうが良いと思います。
もっと気楽に生きようとは思いませんか?
 
    (牧師) 私たちSDAは一般にそうは考えません。自分の力や知識は頼ることは出来ません。神に召されて立てられた者はみ言葉を語る責任があります。み言葉は自分の力や自分の知恵によるのではなく、力は神に属します。セブンスデーアドベンチストとはそういうクリスチャンであって欲しいと思います。
『あなたの家を思う熱心が私を食い尽くす』と言われたのは、熱心な教会員が神の家を食い尽くすという意味ではなく、神のみ言葉よりも自分の力(富)や感情に頼る盲目で不忠実な教会員によって神の栄光が汚されるのを見て心を痛めるという事を述べたものですね。聖書の該当箇所(詩篇69:9、ヨハネ2:17)の前後関係を各自よくお読み下さるとよろしいですね。
 

大河平とは

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 6月 1日(月)11時50分47秒
  下に大河平の名前をかたる発言者が現れましたので、簡単に大河平の紹介をしてお
きます。大河平輝彦という青年は九州鹿児島の出身者で、薩摩藩の士族の出身です。
彼は明治時代にパシフィックユニオンカレッジ(PUC)に留学しました。彼はある
日のカレッジのべスパーの時に立ち上がって、日本が如何に霊的に遅れた野蛮な国
であり、キリストの救いを必要としているかを訴えました。それによって心を動か
された当時の学長のグレンジャーが日本に来た最初のSDAミッショナリー(宣教師)
となりました。グレンジャーと大河平は二人で劣悪な住居に泊まり東京で伝道を始
めました。それが日本のSDAの始まりです。グレンジャーと大河平のキリストにあ
る熱意はともかくとしても、神学的に根を詰めた厳正な理解をもっていたか否か、
特に1888年のミネアポリス世界総会事件の事をどの程度理解していたかはよくわか
りませんが、結果的にその後の日本の伝道は神学的にはある程度の線は抑えながら
も、SDAの思想的内部対立の整理をつけないままの大雑把なものであったことが後
にリベラリストの台頭を許す素地になったのは残念なことと言えましょう。私も結
果的に大河平の行ったパシフィックユニオンカレッジに在学して、デズモンド・フ
ォード神学の事件の影響をもろに食らった学校で霊的嵐のような経験をしたのは奇
遇であったと思います。大河平は熱意を伝えましたが、嵯峨野教会牧師は正しい神
学に基づく聖書理解を戦闘的に語り続けてゆきたいと思います。
 

Hosea 4:4-6(参考)

 投稿者:かもめ  投稿日:2009年 5月27日(水)07時17分18秒
  ホセア 4:4-6(口語訳)
しかし、だれも争ってはならない、
責めてはならない。
祭司よ、わたしの争うのは、あなたと争うのだ。
あなたは昼つまづき、
預言者もまたあなたと共に夜つまづく。
わたしはあなたの母を滅ぼす。
私の民は知識がないために滅ぼされる。
あなたは知識を捨てたゆえに、
わたしもあなたを捨てて、わたしの祭司としない。
あなたはあなたの神の律法を忘れたゆえに、
わたしもまたあなたの子らを忘れる。

HOSEA 4:4-6(NKJV)
Now let no man contend, or rebuke another;
For your people are like those who contend with the priest.
Therefore you shall stumble in the day;
The prophet also shall stumble with you in the night;
And I will destroy your mother.
My people are destroyed for lack of knowledge.
Because you have rejected knowledge,
I also will reject you from being priest for Me;
Because you have forgotten the law of your God,
I also will forget your children.
 
    (牧師) ホセア4:6は神の民の指導者への警告です  

聖書研究DVD無料配布のお知らせ

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 5月25日(月)21時04分3秒
  嵯峨野教会はミシガンカンファレンスの信徒伝道部の協力により、伝道用DVDを作成
しました。もちろん日本語です。ご希望の方には無料で郵送いたしますので、私宛
にメールでお名前と住所をお知らせ下さい。もちろん、お知らせ下さる住所氏名は
他者に公開しません。
念のため。

 
    (牧師)   

見苦しいですね…

 投稿者:大河平の曾孫  投稿日:2009年 5月25日(月)00時33分59秒
  聖所・至聖所(res.)  への牧師さんのコメント…
残念ですね
見苦しい…
本当の牧師さんであれば
もっと心を大きく接していただきたい…
 
    (牧師) あなたは本当に日本のSDAの先駆者の大河平様の曾孫様ですか。もしそうならようこそという前に申し上げます。今の日本のSDA教会は預言の霊に示された聖書理解から離れ、最終時代に語るべき言葉を失い、魂を失おうとしています。それを覚醒させるために私たちは働いています。見苦しいことは何もありませんし我々も神の前にやましいことは何一ついたしておりません。心を広く持てといいながらあからさまな誤謬を見過ごすのは羊飼いとして失格の牧師ではないでしょうか。違いますか、曾孫さん。有名人の名前を騙っておられるのではなければお感じになった問題点は具体的にご教示願います。そうでない限り私たちはあなたの漠然としたご感想を受け入れる義理は全く無いものとお心得願います。これからも嵯峨野教会をよろしくお願い申し上げます。  

聖所・至聖所(res.)

 投稿者:かもめ  投稿日:2009年 5月13日(水)03時05分39秒
  HP閲覧者様
あなたがコメントした聖所と至聖所に関する二つの英語聖書では、かかるクリティカルな
語の訳を比較するのは、適切なこととは言えないでしょう。
管理者様が「ヘブル語から直接訳したKJV」とコメントしていますが、残念ながらこの訳
も、一部意訳と思しき訳が見られます(ダニエル8:14)。KJVは、ここで"days"という訳
をとっていますが、これはやりすぎかと思われます。
レビ記16章は、聖所における日ごとの罪の処理によって生じたものを、年に一度の聖所全体
の"きよめ"に関する包括的な記述がなされており、全体を注意深く読み解き、神の御意を
悟ることができれば幸いでょう。
また、このことと、キリストの十字架、そしてまことの聖所におけるキリストの御働きと、
最終的なる罪の除去と、新しい世界に想いを馳せることができれば幸いでしょう。
 
    (牧師) 相変わらず奥歯に物が挟まったような発言ですが、文意がわかりません。わかりやすい日本語の発言をして下さい。
まず、何が適切ではないのですか? 引用元となった2つの英語聖書が適切ではないのですか、比較自体が不適切なのですか。一方、クリティカルな語と認識しているにもかかわらず訳が異なっている事を指摘するのがなぜ適切ではないのですか、説明が無いので全く理解できません。クリティカル【critical(=重要)】な語なら厳密な比較評価がなされるのが当然ではありませんか。これでは独り言を書いているようなものです。KJVの訳語への批判も同様です。
レビ記16章は包括的な記述であると解釈するのは、正しくないと思います。これは聖書の神の民の歴史から見ても明らかなように、律法の書であり、神が当時のイスラエルの民に与えたディーティルを詰めて指示されたものです。後世の我々が勝手な深読みをして恣意的な意味を追加するものではありません。言葉の正しい理解をせずに全体を正しく解釈することは出来ません。
キリストの十字架による罪の除去に思いを馳せるのはよいですが、SDAの教理の正しい理解を奨励してください。
 

not think!

 投稿者:タマヤ  投稿日:2009年 5月11日(月)10時38分25秒
  あまり頭でゴチャゴチャ考えないほうがいいですぜ。
膿溜まるぜ。
公園を走って、汗をかきませう。。
それが俺のアドバイス。

>>キリストに対する信仰ではない
  そうは思わないけどね^^
 
    (牧師) 聖書研究室でそういう無駄口を叩いていると神の裁きを受けるでしょう。  

キリストに対する信仰ではない

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 4月23日(木)13時27分17秒
  ガラテヤ人の手紙3章22節に、
「約束が信じる人々にイエス。キリストに対する信仰によって与えられるために」
と書かれています。これはKJVの聖書では、「faith in Christ」と書かれています。
ですから、これは我々のイエスキリストに対する信仰によって約束が与えられる、というのではなく、
イエスキリストが持っておられたイエスの信仰により、私たちに約束が与えられるということなのです。
イエスキリストに対する信仰という理解では、イエスキリストがなぜそこで人として来られたのか
見えてきません。人としてイエスが持っておられた信仰により、我々に救いの約束が与えられるのです。
そのポイントが理解できないと、ガラテヤ人の手紙も、福音も理解できません。信仰による義といっても
理解が微妙にずれたものとなります。そういう理解のうえでガラテヤ人の手紙を読み直すと、
そこで語られている福音の本質がよりよく見えるようになるはずです。
 

KJVでは

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 4月 6日(月)05時02分41秒
  へブル語から直接訳したKJV(キングジェームズバージョン)では、レビ記16章で
至聖所として訳されているのは33節のみです。他はかなり訳語が錯綜しています。
へブル語の知識の無いのに聖書釈義の思い込みだけの人が翻訳にかかわっていたの
だろうと思います。へブル語で読めば一目瞭然なんですけどね。皆さんもへブル語
を勉強してみませんか。
 

聖所&至聖所

 投稿者:HP閲覧者  投稿日:2009年 4月 5日(日)19時40分41秒
  聖所と至聖所
英語聖書、New International Version(NIV)、Today's EnglishVersion(TEV)と、
口語訳、新共同訳とを比較してみました。
レビ記16章
2節 口語訳: 垂幕の内なる聖所に入り
   新共同訳: 垂れ幕の奥の至聖所に入り
   NIV: into the Most Holy Place bihind the curtain in front of the ....
   TEV: to go bihind the curtain into the Most Holy Place....
3節 口語訳: 聖所
   新共同訳: 至聖所
   NIV: the sanctuary area
   TEV: the Most Holy Place
16節 口語訳: 聖所
    新共同訳: 至聖所
    NIV: the Most Holy Place
    TEV: the Most Holy Place
17, 20, 23, 27節は16節と同じ。
33節 口語訳: 至聖所
    新共同訳: 至聖所
    NIV: the Most Holy Place
    TEV: the Most Holy Place
以上のようになっています。
16, 17, 20, 23, 27節は、多数決なら「至聖所」が正解?

3節は、NIVがthe sanctuary areaとなっており、口語訳の聖所と呼応している?
2節の口語訳、「垂幕の内なる聖所」は至聖所のこと? 「垂幕の内なる」=至 と解することができます。
   「奥にある奥の院」と「奥にある院」。
TEVには、「聖所」に相当する語句が見当たりません。読み方が足りない?
原語が読めないのでこの点がわかりません。
「理事会」掲示板のとおり、「聖所の内部構造に表された...」が正しいと思います。
 

Happy PassOver!

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 3月30日(月)11時21分37秒
編集済
  へブル語のフォントを乗せると掲示板の他の文字が文字化けしたり相性が会わない
ようなので全文表示が出来ませんでした。あとで画像ファイルに変換して載せるこ
とにします。

来週はパスオーバー(過ぎ越しの祭りです)。過ぎ越しは、イスラエルの民がエジ
プトの奴隷状態を脱出した記念日であり、キリストが購いの子羊として十字架にか
かられ、我々が罪から解放された記念日です。できればこのパスオーバーが長年の
日本の教団の不法な運営から信徒が解放される記念日となれるように心より声を大
にしてお祈りを申し上げます。無法者は死にました。ハレルヤ!
 

レビ記16章 トーラー原文 後半

 投稿者:&#23919;&#23784;&#37326;  投稿日:2009年 3月30日(月)05時07分57秒
    וְהִזָּה עָלָיו מִן-הַדָּם בְּאֶצְבָּעוֹ, שֶׁבַע פְּעָמִים; וְטִהֲרוֹ וְקִדְּשׁוֹ, מִטֻּמְאֹת בְּנֵי יִשְׂרָאֵל.  19
  וְכִלָּה מִכַּפֵּר אֶת-הַקֹּדֶשׁ, וְאֶת-אֹהֶל מוֹעֵד וְאֶת-הַמִּזְבֵּחַ; וְהִקְרִיב, אֶת-הַשָּׂעִיר הֶחָי.  20
  וְסָמַךְ אַהֲרֹן אֶת-שְׁתֵּי יָדָו, עַל רֹאשׁ הַשָּׂעִיר הַחַי, וְהִתְוַדָּה עָלָיו אֶת-כָּל-עֲו‍ֹנֹת בְּנֵי יִשְׂרָאֵל, וְאֶת-כָּל-פִּשְׁעֵיהֶם לְכָל-חַטֹּאתָם; וְנָתַן אֹתָם עַל-רֹאשׁ הַשָּׂעִיר, וְשִׁלַּח בְּיַד-אִישׁ עִתִּי הַמִּדְבָּרָה.  21
  וְנָשָׂא הַשָּׂעִיר עָלָיו אֶת-כָּל-עֲו‍ֹנֹתָם, אֶל-אֶרֶץ גְּזֵרָה; וְשִׁלַּח אֶת-הַשָּׂעִיר, בַּמִּדְבָּר.  22
  וּבָא אַהֲרֹן, אֶל-אֹהֶל מוֹעֵד, וּפָשַׁט אֶת-בִּגְדֵי הַבָּד, אֲשֶׁר לָבַשׁ בְּבֹאוֹ אֶל-הַקֹּדֶשׁ; וְהִנִּיחָם, שׁם 23
  וְרָחַץ אֶת-בְּשָׂרוֹ בַמַּיִם בְּמָקוֹם קָדוֹשׁ, וְלָבַשׁ אֶת-בְּשָׂרוֹ בַמַּיִם בְּמָקוֹם קָדוֹשׁ, וְלָבַשׁ אֶת-בְּגָדָיו; וְיָצָא, וְעָשָׂה אֶת-עֹלָתוֹ וְאֶת-עֹלַת הָעָם, וְכִפֶּר בַּעֲדוֹ, וּבְעַד הָעָם.  24
  וְאֵת חֵלֶב הַחַטָּאת, יַקְטִיר הַמִּזְבֵּחָה.  25
  וְהַמְשַׁלֵּחַ אֶת-הַשָּׂעִיר, לַעֲזָאזֵל--יְכַבֵּס בְּגָדָיו, וְרָחַץ אֶת-בְּשָׂרוֹ בַּמָּיִם; וְאַחֲרֵי-כֵן, יָבוֹא אֶל-הַמַּחֲנֶה.  26
  וְאֵת פַּר הַחַטָּאת וְאֵת שְׂעִיר הַחַטָּאת, אֲשֶׁר הוּבָא אֶת-דָּמָם לְכַפֵּר בַּקֹּדֶשׁ--יוֹצִיא, אֶל-מִחוּץ לַמַּחֲנֶה; וְשָׂרְפוּ בָאֵשׁ, אֶת-עֹרֹתָם וְאֶת-בְּשָׂרָם וְאֶת-פִּרְשָׁם.  27
  וְהַשֹּׂרֵף אֹתָם--יְכַבֵּס בְּגָדָיו, וְרָחַץ אֶת-בְּשָׂרוֹ בַּמָּיִם; וְאַחֲרֵי-כֵן, יָבוֹא אֶל-הַמַּחֲנֶה.  28
  וְהָיְתָה לָכֶם, לְחֻקַּת עוֹלָם:  בַּחֹדֶשׁ הַשְּׁבִיעִי בֶּעָשׂוֹר לַחֹדֶשׁ תְּעַנּוּ אֶת-נַפְשֹׁתֵיכֶם, וְכָל-מְלָאכָה לֹא תַעֲשׂוּ--הָאֶזְרָח, וְהַגֵּר הַגָּר בְּתוֹכְכֶם.  29
  כִּי-בַיּוֹם הַזֶּה יְכַפֵּר עֲלֵיכֶם, לְטַהֵר אֶתְכֶם:  מִכֹּל, חַטֹּאתֵיכֶם, לִפְנֵי יְהוָה, תִּטְהָרוּ.  30
  שַׁבַּת שַׁבָּתוֹן הִיא לָכֶם, וְעִנִּיתֶם אֶת-נַפְשֹׁתֵיכֶם--חֻקַּת, עוֹלָם.  31
  וְכִפֶּר הַכֹּהֵן אֲשֶׁר-יִמְשַׁח אֹתוֹ,וַאֲשֶׁר יְמַלֵּא אֶת-יָדוֹ, לְכַהֵן, תַּחַת אָבִיו; וְלָבַשׁ אֶת-בִּגְדֵי הַבָּד, בִּגְדֵי הַקֹּדֶשׁ.  32
  וְכִפֶּר אֶת-מִקְדַּשׁ הַקֹּדֶשׁ, וְאֶת-אֹהֶל מוֹעֵד וְאֶת-הַמִּזְבֵּחַ יְכַפֵּר; וְעַל הַכֹּהֲנִים וְעַל-כָּל-עַם הַקָּהָל, יְכַפֵּר.  33
  וְהָיְתָה-זֹּאת לָכֶם לְחֻקַּת עוֹלָם, לְכַפֵּר עַל-בְּנֵי יִשְׂרָאֵל מִכָּל-חַטֹּאתָם--אַחַת, בַּשָּׁנָהוַיַּעַשׂ, כַּאֲשֶׁר צִוָּה יְהוָה אֶת-מֹשֶׁה34
 

下のレビ記16章の訳を比べてください

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 3月30日(月)02時32分39秒
  下にレビ記16章の、口語訳と新共同訳を並べてみました。口語訳で「聖所」となっ
ている箇所が、新共同役では執拗に「至聖所」と書き換えられています。どちらの
聖書が正しい訳をしていると思いますか。よく考えて欲しいと思います。これにつ
いての解説は今嵯峨野教会理事会で行おうとしています。新共同訳聖書支持者への
先制パンチとします。人生は短いですから、つまらないことで喧嘩をする暇はあり
ませんが、事が聖書の真理のことであれば戦いを躊躇してはいけません。神は我々
が人生で正しい良い戦いをすることを喜ばれるのです。信仰は戦いであるとパウロ
も言っているではありませんか。
 

レビ記16章 口語訳

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 3月30日(月)02時25分56秒
  16:1 アロンのふたりの子が、主の前に近づいて死んだ後、
16:2 主はモーセに言われた、「あなたの兄弟アロンに告げて、彼が時をわかたず、垂幕の内なる聖所に入り、箱の上なる贖罪所の前に行かぬようにさせなさい。彼が死を免れるためである。なぜなら、わたしは雲の中にあって贖罪所の上に現れるからである。
16:3 アロンが聖所に、はいるには、次のようにしなければならない。すなわち雄の子牛を罪祭のために取り、雄羊を燔祭のために取り、
16:4 聖なる亜麻布の服を着、亜麻布のももひきをその身にまとい、亜麻布の帯をしめ、亜麻布の帽子をかぶらなければならない。これらは聖なる衣服である。彼は水に身をすすいで、これを着なければならない。
16:5 またイスラエルの人々の会衆から雄やぎ二頭を罪祭のために取り、雄羊一頭を燔祭のために取らなければならない。
16:6 そしてアロンは自分のための罪祭の雄牛をささげて、自分と自分の家族のために、あがないをしなければならない。
16:7 アロンはまた二頭のやぎを取り、それを会見の幕屋の入口で主の前に立たせ、
16:8 その二頭のやぎのために、くじを引かなければならない。すなわち一つのくじは主のため、一つのくじはアザゼルのためである。
16:9 そしてアロンは主のためのくじに当ったやぎをささげて、これを罪祭としなければならない。
16:10 しかし、アザゼルのためのくじに当ったやぎは、主の前に生かしておき、これをもって、あがないをなし、これをアザゼルのために、荒野に送らなければならない。
16:11 すなわち、アロンは自分のための罪祭の雄牛をささげて、自分と自分の家族のために、あがないをしなければならない。彼は自分のための罪祭の雄牛をほふり、
16:12 主の前の祭壇から炭火を満たした香炉と、細かくひいた香ばしい薫香を両手いっぱい取って、これを垂幕の内に携え入り、
16:13 主の前で薫香をその火にくべ、薫香の雲に、あかしの箱の上なる贖罪所をおおわせなければならない。こうして、彼は死を免れるであろう。
16:14 彼はまたその雄牛の血を取り、指をもってこれを贖罪所の東の面に注ぎ、また指をもってその血を贖罪所の前に、七たび注がなければならない。
16:15 また民のための罪祭のやぎをほふり、その血を垂幕の内に携え入り、その血をかの雄牛の血のように、贖罪所の上と、贖罪所の前に注ぎ、
16:16 イスラエルの人々の汚れと、そのとが、すなわち、彼らのもろもろの罪のゆえに、聖所のためにあがないをしなければならない。また彼らの汚れのうちに、彼らと共にある会見の幕屋のためにも、そのようにしなければならない。
16:17 彼が聖所であがないをするために、はいった時は、自分と自分の家族と、イスラエルの全会衆とのために、あがないをなし終えて出るまで、だれも会見の幕屋の内にいてはならない。
16:18 そして彼は主の前の祭壇のもとに出てきて、これがために、あがないをしなければならない、すなわち、かの雄牛の血と、やぎの血とを取って祭壇の四すみの角につけ、
16:19 また指をもって七たびその血をその上に注ぎ、イスラエルの人々の汚れを除いてこれを清くし、聖別しなければならない。
16:20 こうして聖所と会見の幕屋と祭壇とのために、あがないをなし終えたとき、かの生きているやぎを引いてこなければならない。
16:21 そしてアロンは、その生きているやぎの頭に両手をおき、イスラエルの人々のもろもろの悪と、もろもろのとが、すなわち、彼らのもろもろの罪をその上に告白して、これをやぎの頭にのせ、定めておいた人の手によって、これを荒野に送らなければならない。
16:22 こうしてやぎは彼らのもろもろの悪をになって、人里離れた地に行くであろう。すなわち、そのやぎを荒野に送らなければならない。
16:23 そして、アロンは会見の幕屋に入り、聖所に入る時に着た亜麻布の衣服を脱いで、そこに置き、
16:24 聖なる所で水に身をすすぎ、他の衣服を着、出てきて、自分の燔祭と民の燔祭とをささげて、自分のため、また民のために、あがないをしなければならない。
16:25 また罪祭の脂肪を祭壇の上で焼かなければならない。
16:26 かのやぎをアザゼルに送った者は衣服を洗い、水に身をすすがなければならない。その後、宿営に入ることができる。
16:27 聖所で、あがないをするために、その血を携え入れられた罪祭の雄牛と、罪祭のやぎとは、宿営の外に携え出し、その皮と肉と汚物とは、火で焼き捨てなければならない。
16:28 これを焼く者は衣服を洗い、水に身をすすがなければならない。その後、宿営に入ることができる。
16:29 これはあなたがたが永久に守るべき定めである。すなわち、七月になって、その月の十日に、あなたがたは身を悩まし、何の仕事もしてはならない。この国に生れた者も、あなたがたのうちに宿っている寄留者も、そうしなければならない。
16:30 この日にあなたがたのため、あなたがたを清めるために、あがないがなされ、あなたがたは主の前に、もろもろの罪が清められるからである。
16:31 これはあなたがたの全き休みの安息日であって、あなたがたは身を悩まさなければならない。これは永久に守るべき定めである。
16:32 油を注がれ、父に代って祭司の職に任じられる祭司は、亜麻布の衣服、すなわち、聖なる衣服を着て、あがないをしなければならない。
16:33 彼は至聖所のために、あがないをなし、また会見の幕屋のためと、祭壇のために、あがないをなし、また祭司たちのためと、民の全会衆のために、あがないをしなければならない。
16:34 これはあなたがたの永久に守るべき定めであって、イスラエルの人々のもろもろの罪のために、年に一度あがないをするものである」。彼は主がモーセに命じられたとおりにおこなった。
 

レビ記16章 新共同訳

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 3月30日(月)02時21分44秒
  16:1 アロンの二人の息子が主の御前に近づいて死を招いた事件の直後、主はモーセに仰せになった。
16:2 主はモーセに言われた。あなたの兄アロンに告げなさい。決められた時以外に、垂れ幕の奥の至聖所に入り、契約の箱の上にある贖いの座に近づいて、死を招かないように。わたしは贖いの座の上に、雲のうちに現れるからである。
16:3 アロンが至聖所に入るときは次のようにしなさい。まず、贖罪の献げ物として若い雄牛一頭、焼き尽くす献げ物として雄羊一匹を用意する。
16:4 彼は聖別した亜麻布の長い服を着け、その下に亜麻布のズボンをはいて肌を隠し、亜麻布の飾り帯を締め、頭に亜麻布のターバンを巻く。これらは聖なる衣服であり、彼は水で体を洗ってこれを着る。
16:5 次に、イスラエルの人々の共同体から贖罪の献げ物として雄山羊二匹、焼き尽くす献げ物として雄羊一匹を受け取る。
16:6 アロンは、自分の贖罪の献げ物のために雄牛を引いて来て、自分と一族のために贖いの儀式を行う。
16:7 次いで、雄山羊二匹を受け取り、臨在の幕屋の入り口の主の御前に引いて来る。
16:8 アロンは二匹の雄山羊についてくじを引き、一匹を主のもの、他の一匹をアザゼルのものと決める。
16:9 アロンはくじで主のものに決まった雄山羊を贖罪の献げ物に用いる。
16:10 くじでアザゼルのものに決まった雄山羊は、生きたまま主の御前に留めておき、贖いの儀式を行い、荒れ野のアザゼルのもとへ追いやるためのものとする。
16:11 アロンは自分の贖罪の献げ物のための雄牛を引いて来て、自分と一族のために贖いの儀式を行うため、自分の贖罪の献げ物の雄牛を屠る。
16:12 次に、主の御前にある祭壇から炭火を取って香炉に満たし、細かい香草の香を両手にいっぱい携えて垂れ幕の奥に入り、
16:13 主の御前で香を火にくべ、香の煙を雲のごとく漂わせ、掟の箱の上の贖いの座を覆わせる。死を招かぬためである。
16:14 次いで、雄牛の血を取って、指で贖いの座の東の面に振りまき、更に血の一部を指で、贖いの座の前方に七度振りまく。
16:15 次に、民の贖罪の献げ物のための雄山羊を屠り、その血を垂れ幕の奥に携え、さきの雄牛の血の場合と同じように、贖いの座の上と、前方に振りまく。
16:16 こうして彼は、イスラエルの人々のすべての罪による汚れと背きのゆえに、至聖所のために贖いの儀式を行う。彼は、人々のただ中にとどまり、さまざまの汚れにさらされている臨在の幕屋のためにも同じようにする。
16:17 彼が至聖所に入り贖いの儀式を行って、出て来るまでは、だれも臨在の幕屋に入ってはならない。彼は、自分と一族のために、またイスラエルの全会衆のために贖いの儀式を済ますと、
16:18 主の御前にある祭壇に出て来て、そのために贖いの儀式を行う。彼は雄牛の血と雄山羊の血の一部を取って祭壇の四隅の角に塗り、
16:19 血の一部を指で七度祭壇に振りまいて、イスラエルの人々の汚れからそれを清め聖別する。
16:20 こうして、至聖所、臨在の幕屋および祭壇のために贖いの儀式を済ますと、生かしておいた雄山羊を引いて来させ、
16:21 アロンはこの生きている雄山羊の頭に両手を置いて、イスラエルの人々のすべての罪責と背きと罪とを告白し、これらすべてを雄山羊の頭に移し、人に引かせて荒れ野の奥へ追いやる。
16:22 雄山羊は彼らのすべての罪責を背負って無人の地に行く。雄山羊は荒れ野に追いやられる。
16:23 アロンは臨在の幕屋に戻り、至聖所に入るときに身に着けていた亜麻布の衣服を脱いでそこに置き、
16:24 聖域で身を洗い、自分の衣服に着替え、外に出て自分の焼き尽くす献げ物と民の焼き尽くす献げ物をささげ、自分と民のために贖いの儀式を行う。
16:25 また、贖罪の献げ物の脂肪を祭壇で燃やして煙にする。
16:26 アザゼルのための雄山羊を引いて行った者は、衣服を洗い、身を洗って後、初めて宿営に戻ることができる。
16:27 至聖所のための贖いの儀式を行うために、その血を携え入れられた贖罪の献げ物の雄牛と雄山羊は、宿営の外に運び出し、皮、肉、および胃の中身を焼却する。
16:28 この仕事に従事した人は衣服を洗い、身を洗って後、初めて宿営に戻ることができる。
16:29 以下は、あなたたちの守るべき不変の定めである。第七の月の十日にはあなたたちは苦行をする。何の仕事もしてはならない。土地に生まれた者も、あなたたちのもとに寄留している者も同様である。
16:30 なぜなら、この日にあなたたちを清めるために贖いの儀式が行われ、あなたたちのすべての罪責が主の御前に清められるからである。
16:31 これは、あなたたちにとって最も厳かな安息日である。あなたたちは苦行をする。これは不変の定めである。
16:32 贖いの儀式は、聖別の油を注がれ、父の跡を継いで正規の祭司職に任じられた祭司が行うべきである。彼は聖別した亜麻布の衣服を着け、
16:33 至聖所、臨在の幕屋および祭壇を清め、祭司たちと民の全会衆のために贖いの儀式を行う。
16:34 これはあなたたちの不変の定めである。年に一度、イスラエルの人々のためにそのすべての罪の贖いの儀式を行うためである。モーセは主のお命じになったとおりに行った。
 

創造の神を讃えよう

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 3月10日(火)23時44分51秒
  冬の旭川  

死に至らない罪はありません

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 3月 5日(木)10時35分13秒
  罪の結果は死です。これは疑問の余地がありません。しかし、キリストは私たちの
罪の報酬を代わりに負ってくださり、私たちを救われます。キリストがなければ私
たちは罪の死から逃れることはできないのです。キリストを聖霊によって示されて
も悟らない人、受け入れることを拒む人は、キリスト教徒、他宗教信者の区別無く
滅びます。しかし、キリストの罪のあがないの血の代償を受け入れる人はキリスト
教徒、他宗教信者、それまでは神を信じなかった者であってすらも救われるのです。
さて、ここでいう死に至ることのない罪というのはキリストの十字架の血の功によ
って救われることが出来る罪のことです。キリストの十字架の血をもってしても許
されない罪が死に至る罪です。では死に至る罪は何でしょうか。それは聖霊が啓示
しているキリストの贖罪を侮り、否定する罪です。私たちに救いをもたらす唯一の
方法を啓示する聖霊を否定すればその人を助けるものは何もなく滅びるしかないの
です。

聖霊を汚す罪は許されることは無い、とはっきり何度も聖書に書かれていますね。
(マタイ12:31、。マルコ3:29、ルカ12:10)。ヨハネ第一5:16では、そういうキリ
ストの救いのご計画を否定しない人のために救いを祈りなさいといっているのです。
キリストの十字架の必要を否定することによって聖霊を汚している人の救いは祈る
必要が無いと言っているのです。この点において聖書は全く妥協が無く厳しいので
す。その事実を受け入れられないでリベラルな万民救済救済観に走っている一部の
人は我々のような厳格保守的なキリスト教主義を幼稚な考えだと罵っていますが、
そういう人たちこそキリストの十字架を啓示する聖霊を汚しているのです。まさに
その意味で十字架によっても救われない死に至る罪は身近にもあるのだということ
を理解してください。これはキリスト教の罪理解の根幹であり教会の外の人の歓心
を買うために譲ったり妥協してはならないものです。
 

死に至ることのない罪

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年 3月 4日(水)16時39分4秒
  ヨハネの第一の手紙5:17にある“死に至ることのない罪”とは何を示しているのでしょうか。

罪の支払う報酬は死であるという言葉は、全ての罪の適用されるのでは無いのでしょうか。
 

真の教師の見分け方

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 2月 9日(月)05時37分12秒
  世の終わりが近づいています。サタンも一人でも多くの魂を道連れに滅ぼそうと、
教会の中に聖書以外のものを混ぜようと必死になっています。既にいくつかの掲示
板でも問題になってバトルが起こっていたようですが、救いはイエスキリストにし
かありません。それ以外の方法で人間は救われない、それが聖書の教えです。ペテ
ロが使徒行伝4:10〜12に聖霊に満たされて次のように語っていることを忘れては
なりません。
 皆さんも、またイスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が
 直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が
 死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。
 『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、礎の石となった。』という
 のはこの方のことです。この方以外には、だれによっても救いはありません。
 世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような
 名も、人間に与えられていないからです。」

この聖句でも明らかなように、メシアなるイエスキリストを知らない者には信者、
異邦人、異教徒の区別無く救いは無いという厳粛な事実です。これは聖書の基本認
識であり絶対に曲げられないものです。キリストを知らない異教徒の中にも救われ
るというのはありえません(救われる異教徒がいたならその異教徒というのは実は
メシアなるキリストを知っていたのです)。十字架の救いに例外はないのです。異
教の文化に受け入れられやすくするためにこれと異なる教えを持ち込む者はたとえ
牧師といえども長老といえども残りの民の教会から情け容赦なく排除されなければ
なりません。今は戦いのときです。信仰は闘うためにあります。それが我々の聖書
に基づく世界観です。神の教えに純粋に従いつくそうとする者は幸いです。

真のキリストにある教師、預言者は、聖書のみに成長と円熟の希望を置きます。救
いはイエスキリストのみにあると教えて心をキリストに向けさせます。信仰の弱い
者からの質問には常にみことばに基づいた答えをします。

偽りの教師、預言者は、聖書以外の知識もクリスチャンの成長に有用であると言っ
てそれを学ぶことに時間を割くように要求します。イエスキリストを知らなくても
神を敬う心と愛の心があれば異教徒でも救われることがあると言って十字架の血の
贖罪の価値を少しでも低めようとさせます。質問をされても、聖書のみ言葉によっ
て答えができず、誠実に答えられないのではぐらかしたり回答を遅延させ、何度も
聞くと逆切れして、自分で勉強して勝手に調べろと突っ放して居直ります。聖書で
はこうした偽教師は羊の中の狼と喩えられています。
 

偶像崇拝

 投稿者:吉野  務  投稿日:2009年 2月 1日(日)09時25分37秒
    イエスの母マリアの扱いについての教会論争が巻き起こった。428年にコンスタンティノープル総大司教となったネストリウスは、「聖母マリアはキリストの母と言えるが、神の母とはいえない」と主張していた。これが発端となってキリストの位格をめぐる論争が起こる。431年、皇帝テオドシウス2世が開催したエフェソ公会議で、アレクサンドリアのキュリロスと呼ばれる人物がなした説明が正統信仰として決議され、神の母マリアと呼ぶことが公認された。ネストリウスと彼に同調する人々は異端として断罪され、上エジプトに追放された。彼はそこで没した。ネストリウス説の同調者は逃れて、西方教会(ローマ・カトリック)と分裂して独自に活動し、イスラムの支配下で活動が許され、インドを経て中国(唐)に布教し、「景教」と呼ばれて栄えた。景教は現在のトルコから中国まで、シルクロードを介してユーラシア大陸に広く弘まり、13世紀中頃には首都大主教27と主教約230を数えた。しかし、14世紀末のティムールの遠征と迫害で急速に衰退し、現在はイラク北部に8万人、南インドに7000人の信者がいるとされる。当時の景教徒は安息日を守り、一切偶像を造らず、律法で禁じられている食物を口にせず、「10分の1献金」を行い、犠牲の献げ物をし、3大祭礼を守っていた。

  イエス信徒には、12月25日をイエスの誕生日として祝う習慣もなかった。12月25日はローマが崇拝していた異教の偶像=ペルシャ起源の太陽神ミトラの誕生日で、旧約時代にはバベルの塔を建設しようとして神の怒りを買ったニコデモの誕生日でもあり、彼らにとってはむしろ忌むべき日であった。キリスト教徒がこの日をイエスの誕生日とするのは354年、ローマの司教リベリウスのときに、それを決めて以降のことである。ちなみに、新約聖書にはイエスが馬小屋で生まれ、祝福されたという記述はどこにもない。また、福音書では、野営していた羊飼いたちの前にイエスの誕生を知らせる御使いが現れるが、太陽暦の12月25日頃には野営は行われない。ユダヤの口伝律法ミシュナーによれば、牧童たちが野営できる季節は、初めの雨(秋の雨)までの期間で、11月以降は寒さのために野営しないと記されている。
 

聖書の改竄

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 2月 1日(日)07時24分39秒
  日本語聖書にも誤訳があります。口語訳は誤訳が多いというので有名でした。しか
し、誤訳は改竄ではありません。誤まった訳でもそれなりに神の霊感は働きますか
ら、それはそれで真理を伝える役に立っていたのです。明らかな誤訳聖書の筆頭に
上げられるのはものみの塔の聖書です。訳している当人たちは正しい訳だと主張し
ていますが、細かいところを操作してキリストが神の子ではなく被造物であるとい
う印象操作をする訳をしていますから、これは誤訳ではなく改竄です。我々は新共
同訳聖書も実は巧妙に作られた改竄聖書なのではないかという印象を深めています。
三育学院の人は新共同訳は正確な訳だと言っていますが、結果的にマリア崇拝や聖
人崇拝などといった異端キリスト教会の教義と、カトリックを666の教会として
反対する我々プロテスタント教会の教理もどちらにも受容対応することができる聖
書になってしまったというのはやはりこの聖書に人為的に改竄された大きな問題が
隠されていると見てよいと思います。
 

バチカンの建国記念日は日本と同じ

 投稿者:市民  投稿日:2009年 1月30日(金)15時55分1秒
  http://pwvx.hp.infoseek.co.jp/02/1/3.html

バチカンはナチス・ドイツにもお墨付きを与えている。
 

もとSDA 信徒

 投稿者:ポテト  投稿日:2009年 1月28日(水)18時50分11秒
   今は日本基督教団に転会。毎日、聖書を読み、祈りのときを持っています。
 いつか再びSDA 信徒になるかもしれない。
 今年の私の祈りの課題は、”疑問を神に”です。
 人と戦うのは疲れます。神はなぜ、私をこのような試みに遭わせられるのか?
 祈りつつ学んでゆきたいです。
 嵯峨野教会牧師様の想いと祈りを受け止めています。
 

黙示録12章 続

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 1月19日(月)03時37分35秒
編集済
  Rev 12:7  さて、天に戦いが起こって、ミカエルと彼の使いたちは、竜と戦った。
それで、竜とその使いたちは応戦したが、Rev 12:8  勝つことができず、天にはも
はや彼らのいる場所がなくなった。Rev 12:9  こうして、この巨大な竜、すなわち、
悪魔とか、サタンとか呼ばれて、全世界を惑わす、あの古い蛇は投げ落とされた。
彼は地上に投げ落とされ、彼の使いどもも彼とともに投げ落とされた。


時間は前後して、サタンが地に投げ落とされた時の光景がヨハネに示されました。
このときにサタンは地で人類を誘惑し罪の災禍に巻き込むことを決意したのでした。
その結果はいってきた罪のゆえに人類は呪われましたが、神の子キリストがメシア
となり血の贖罪によって罪をあがなうことによって勝利され、サタンの敗北が決定
的になりました。

Rev 12:10  そのとき私は、天で大きな声が、こう言うのを聞いた。「今や、私た
ちの神の救いと力と国と、また、神のキリストの権威が現われた。私たちの兄弟た
ちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者が投げ落とされたからで
ある。Rev 12:11  兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしのことばのゆえに
彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。Rev 12:12  そ
れゆえ、天とその中に住む者たち。喜びなさい。しかし、地と海とには、わざわい
が来る。悪魔が自分の時の短いことを知り、激しく怒って、そこに下ったからであ
る。」 Rev 12:13  自分が地上に投げ落とされたのを知った竜は、男の子を産んだ
女を追いかけた。Rev 12:14  しかし、女は大わしの翼を二つ与えられた。自分の場
所である荒野に飛んで行って、そこで一時と二時と半時の間、蛇の前をのがれて養
われるためであった。Rev 12:15  ところが、蛇はその口からを川のように女のう
しろへ吐き出し、彼女を大水で押し流そうとした。Rev 12:16  しかし、は女を助
け、その口を開いて、竜が口から吐き出した川を飲み干した。Rev 12:17  すると、
竜は女に対して激しく怒り、女の子孫の残りの者、すなわち、神の戒めを守り、イ
エスのあかしを保っている者たち
と戦おうとして出て行った。


荒野とは必ずしも砂漠や不毛の地ではなく、誰もいない場所、安全な邪魔されない
場所を意味しています。ひと時とふた時と半時というのは預言の書では三年半、す
なわち先と同じ1260日の執拗な繰り返しです。ヨーロッパでは宗教改革が起こりカ
トリックの築いてきた伝統を否定して「聖書のみ言葉のみ」の信仰に立ち返る人た
ちが立ち上がりましたが、これに対してカトリックや堕落した世俗権力は飽くなき
迫害を続けましたが、その時に信仰の自由を求めた人々がアメリカの新大陸に大挙
移民を行い、迫害者の魔手から逃れました。プロテスタントは実にアメリカにおい
て覚醒発展し、信仰の実を実らせることができました。最初の宗教難民のメイフラ
ワー号に乗っていたのはセブンスデーアドベンチスト教会の創始に加わったジェー
ムズ・ホワイトの曽祖父でした。こうして女が逃れた場所において残りの民の教会
が生まれたのです。アメリカでなければ残りの民の教会は生まれなかったのです。
こうしてセブンスデーアドベンチストが残りの民の教会として出立したことは黙示
録の預言の記述とも矛盾しないのです。
 

黙示録12章

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 1月19日(月)03時07分31秒
編集済
  Rev 12:1 また、巨大なしるしが天に現われた。ひとりの女が太陽を着て、を足の
下に踏み、頭には十二の星の冠をかぶっていた。Rev 12:2  この女は、みごもってい
たが、産みの苦しみと痛みのために、叫び声をあげた。Rev 12:3  また、別のしる
しが天に現われた。見よ。大きな赤い竜である。七つの頭と十本の角とを持ち、そ
の頭には七つの冠をかぶっていた。Rev 12:4  その尾は、天の星の三分の一を引き
寄せると、それらを地上に投げた。また、竜は子を産もうとしている女の前に立っ
ていた。彼女が子を産んだとき、その子を食い尽くすためであった。
Rev 12:5  女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖をもって、すべての国々の民を
牧するはずである。その子は神のみもと、その御座に引き上げられた。
Rev 12:6  女は荒野に逃げた。そこには、千二百六十日の間彼女を養うために、神
によって備えられた場所があった。


太陽は神の栄光を現す比喩です。月とは旧約聖書が啓示した戒めと預言と証です。
神の栄光をまとい、聖書の戒めと証の上に立っているのがこの「女」です。これは
神の戒めを守る民を表しています。これが竜に象徴されるサタンの迫害を受けます。
七つの頭とは世界の七大権威権力を表すとSDA聖書コメンタリーが記しています。
アメリカ、法王、ムスリム、アジア、ロシア、欧州、金融界、などがそれに含まれ
ているでしょう。十本の角はコメンタリーによると歴代教皇であるとしています。
キリストはアダムの末から人の子としてお生まれになったので、この女とは神の戒
めとメシアの約束を信じる信仰を持った人々の集まりを象徴しているのが明らかで
す。決して個人的に誰かを特定しているわけではありません。イエスの母マリアを
意味していません。男の子を生んだ女は荒野に逃れるとあります。メシアであるキ
リストが人としてこの世界にお生まれになったあと、聖書の救いの約束を信じる人
々はローマに迫害され、続いてローマカトリック法王教に迫害されました。ローマ
教会が政治の支配権を確立したのは紀元538年です。それから1260年経って、ナポレ
オンに反抗を試みたローマ教皇は逮捕されて幽閉され、カトリックの世俗権力が失
墜しました。この間、聖書のみを掲げる聖徒たちは、ワルド派の人たちから始まっ
て宗教改革に至るまで1260年間カトリックによって残虐な迫害を受けてきたのです。

つづく
 

霊性は

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年 1月16日(金)07時16分42秒
  教会として預言の霊があたえられているのは、神が特別な意図を持って、この教会を召された何よりのしるしなのだと改めて気づきました。何という厳粛な事実なのでしょうか。

特別な使命を帯びた教会に召された事を感じ恐れを感じると共に、その責任の重さを感じています。

神様が例えで語られたのは、人が人の知力で主を理解することは出来ず、主の霊によらなければ理解する事が出来ない事を教える為に、例えを用いて語られたのだと思います。

霊性は預言の霊を受け止め、理解するために欠かせないものですね。預言の霊は主から出たものであるから、神の霊によらなければ理解出来ない。

少しずつわかりはじめて来ました。
 

霊性とは何か 番外

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 1月15日(木)23時45分13秒
  霊性についての当職の見解をお読み下さったと思いますが、その理解の上でコリン
ト人への第一の手紙第14章を各自でお読み下さい。そうしますと、異言と預言の洞
察が新たになると思います。異言は自分のためにしかならなくても預言は教会の徳
を高めます。それは人から人に「言葉」として伝えられるからです。異言を語る教
会が必ずしも霊的でない理由がそれで理解できるのではないでしょうか。預言を理
解することが出来ることこそ霊性です。やさしさとかおもいやりも結構ですが、基
本はそれです。それがいままでこの教会でおろそかにされてきたことを反省したい
と思います。またセブンスデーアドベンチストには預言の霊が与えられています。
個人的に預言の霊を与えられている人は他の教会にもおりますが、教会として与え
られているのはセブンスデーアドベンチストだけです。このことをまず第一に理解
し聖書理解をSDAの基礎教理と預言の研究を神が預言の霊を通して与えられた終
末時代の最終スタンダードとして教会員が受け入れるのでなければいけません。少
なくともSDA教会員を名乗るのであればそういう理解は必須です。強いられて受
け入れる理解ではありませんが、その理解をもっていなければSDAとは認められ
ないという厳しいものです。

教会として与えられている預言の霊をおろそかにして、遠藤周作だのノイエンだの
ガンジーなどといった異教徒や他の宗教諸派にいる異言を殊更重んじるようなかも
めさんや我妻先生のような姿勢はSDAの正道ではないのです。できればそういう
姿勢はやめて聖書と証の文のみに立つ、それが羊飼いの資格です
 

預言の研究

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 1月12日(月)06時30分51秒
  さて本年のテーマである預言の研究に入ってゆきます。
ここではSDAは本来預言者の教会であったという前提から入ります。
 

霊性とは何か その3

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 1月12日(月)06時29分10秒
  ヨハネの福音書の第一章のはじめから初めに言葉があったと書かれています。この
言葉は神と共にありました。言葉は神でした。その言葉とは何でしょうか。英語で
しょうか、日本語でしょうか、へブル語でしょうか。いいえ、どちらでもありませ
ん。私が最初にアメリカに来て英語がわからなかったとき、人は私に「日本語で考
えるのはやめて英語で考えるようにしなさい」とアドバイスされました。しかし何
年か経って私がてんかんと大脳皮質生理学の理解を深めていたとき、はっと気がつ
いたときには私の頭の中では実は英語でも日本語でもない言葉によって考えていた
ことに気がつきました。日本語しか知らない人、英語しか知らない人は、それぞれ
自分はそれぞれの言葉で考えていると思い込んでいますが、人の心の中にはそうい
う形になった言語以前の言語があり、それが日本語なり英語なりの形を取って外に
押し出されてくるのです。外から語られる言葉も伝道者の足によって運ばれ、耳に
入り、脳の中で英語でも日本語でもない言葉に変換されます。それがあなたの魂の
糧になるのです。言い換えると、人間の霊は神の霊の言葉に共振することができま
す。神の霊のパラダイムがあなたの存在のパラダイムと一致するときにあなたは神
の言葉をその一句一句を希釈することなく受容できるのです。感受性とは情操の一
部ではありません。それは神の言葉、天国の秩序と救いの論理です。この世にはい
わゆる「思いやりの深い人」という人があって、そういう人は人が何を考えている
か、どういう気持ちでいるかを察することができると主張しています。しかし、そ
ういう人が必ずしも神の想い(みこころ)を洞察することが出来る人であるとは限
りません。それは人間の作ったあらゆる伝統や思想や常識と一致しません。常識を
重んじることはそれなりに大切であるとしても、常識があれば救われるわけではな
いのです。神の啓示は人間社会の常識や思想と多少似たような所が重なるとしても
違うのです。聖書にも人間の生まれながらの性質は救いにいたらせません。まして
生まれながらの性質の人間の作った人間世界の伝統や社会秩序はなおさらです。あ
なたの脳が、日本語や英語以前の神の言葉によって、神の想いを受け取ることが出
来るかどうか、それが霊性なのです。
 

少し違います

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 1月 5日(月)23時12分56秒
  これは感受性とは微妙に違います。これも一応論理なのです。ただ言語を介さない
論理です。脳の左半球の言語依存の論理とはまったく違うパラダイムの論理です。
それを表すための適当で簡潔な日本語がありません。感受性というと感性とか情緒
とかそういうものと関係があると思われがちですが(それも重要ですが)感情情操
が豊かでも霊性の無い人はいくらでもいますから、やはり少し違うのです。これは
やはりもう少し説明しなければなるまいと思います。続きのその3をお楽しみにお
待ち下さい。
 

どうもありがとうございます

 投稿者:弱き者  投稿日:2009年 1月 5日(月)21時12分45秒
  嵯峨野教会牧師様、霊性に関するご解説を心より感謝致します。
どうもありがとうございます。

何度も読み返しております。

霊性とは、主の示されるものを感じ受け取る感受性という事と理解しました。

何を示されても、敏感にそれを感じ受け止める事が出来なければ、何にもなりません。
そのような意味において、霊性を高めたい、霊性が欲しいと強く思います。
主の御霊を感じ、受け取る事が出来る者になれるよう、主に祈り求めます。
 

霊性とは何か その2

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2009年 1月 5日(月)11時23分20秒
  キリストは大切な真理を人間世界の言語や精緻な論理で語るのではなく、例えで語
られました。それは重要な意味があります。論理でものが理解できるというのはあ
る程度教育を受け論理思考のトレーニングを受けた人でなければ必ずしも可能では
ありません。端的に言えば「神学」というのは、聖書の教えを論理的に言語を並べ
て説明しようとしたものです。しかしそれは人間が後付でやっていることであり、
神がはじめに人間に対してそのようにされたのではありません。トーラーの戒めも
言語でかかれましたが、そんなに難しいものではありませんでした。「霊的」とい
う言葉を聖書の教えを論理的に深く突き詰めて考えることの出来る人という意味で
使っている人は学位を持った「神学者」こそ誰よりも霊的な人であるということに
なります。しかし、聖書が意図する霊的な霊性とはそういうものではありません。
そもそもイエスが言われた「たとえ」とは何でしょうか。「イエスは子羊である」
とか「イエスは門である」というものが例えです。イエスは神の子であり、獣の羊
ではありませんから、イエスが子羊だ、といった時点で論理は既に省みられていま
せん。そうではなくイエスと羊の共通点が思考されるのです。実に聖書の真理はこ
のような例えで語られています。イエスが子羊に例えられたときに、そこに神の子
の使命と属性を理解するのです。
換言すると、霊性とは、例えを聞いてどれだけ神の事に心の思いを馳せる事が出来
るかというタラントなのです。神学の博士号を持っていてある程度限られた分野で
なら厳密で論理的な思考は出来る神学者であっても、聖書の例え、預言の霊の例え、
聖霊が耳の後ろで囁いた声が示した例えが理解できないなら霊性があるとはいえま
せん。そういう人は自分の論理思考能力に頼って過信する余りに聖霊の声に耳をふ
さぎ預言の霊の賜物を否定したり、軽んじることすらするのです。

精神科のクリニックでは精神分裂病(統合失調症)の人に例えを言ってみてどの程
度理解できるかを評価します。たとえば「転がる石に苔つかず」とか「He who lives
in glass house does not throw a stone」といったことわざの意味を尋ねると、
分裂病が重症な人は、ことわざを正当に解釈することができません。「石が転がっ
て苔がとれやすいだらう」とか「ガラスの家に住んでゐる人は投げる石が無いのか」
などとことわざの例えを逐語的な固着解釈しかできず、そこにあるアナロジーを発
見解釈できないのです。これは前頭葉の機能障害であると解釈されています。同じ
現象は睡眠不足の人、アルコール、カフェイン、コーラ飲料を大量に摂取している
人、不摂生をしてボンヤリしている人にも見られます。つまり自分を清めることは
神のメッセージがよくわかるように前頭葉の働きをクリアに維持することになるの
です。もちろんそれだけが大切だというのではありませんが、こうした些細なよう
な事によってもあなたの霊性は啓発される可能性があるのです。
 

(無題)

 投稿者:QVD  投稿日:2008年12月31日(水)00時53分26秒
  弱き者 様
投稿を有り難うございました、読ませて頂き安心しました。
何か二人だけの往復書簡になりかけたかな、と思いかけた折の「業務連絡」ですね、流石は牧師様!!!
弱き者様の過去ログを読ませて頂き、私め等より深く真面目に学んで居られる事に頭が下がりました。
これからも、学びを続けられますように・・・
ただ、バランス感覚はお持ち下さい(ユダヤ的でしょうか、長谷川様)。
知識だけを詰め込んでいるのは、背中に図書館を背負っている様なものだ、という意味のユダヤの諺も有りますので、たまには「ユダヤジョーク集」でもお読み下さい。
自分を笑える事も必要だと思います。


嵯峨野教会牧師 様
業務連絡の件を念頭に置き、年頭からは学ばせて頂きたく思うのですが、
何しろ私めは浅学にして非才な輩故、愚問の連続かも知れませんが、宜しいでしょうか?
ユダヤの教えでは質問により成長するとか・・・
 
    (牧師) 同じく諺に「自分を笑うのは賢者であり、他人を笑うのは愚者である」というものもあります。しかし勿論自嘲はいけません。神にあって堅く立つ者は謙遜であっても神の正義を疑ったり自分を蔑んだりしないものですからね。卑屈になって自分を蔑むのは謙遜ではなく、神の召しに対する冒涜になることもあります。神の命を受けて人々の反対にあっても固く立たなければならない使命を負った人はそう心がけて欲しいと思います。自分を笑っても神の召しを自ら笑ってはならないのです。たとえ周りの人すべてが笑ったとしてもです。  

業務連絡

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年12月30日(火)13時11分1秒
  年末大掃除として、黙示録研究に割り込んで政治的なデタラメ聖書解釈を書き並べ
た「パンとワイン」さんの発言を下の最後のイタチの透かしっ屁発言を記念に残す
のみとしてすべて破棄しました。
(無題)  投稿者:警告者  投稿日:2008年10月13日(月)20時36分1秒

新年度より再び黙示録と預言の研究に復帰してゆこうと思います。よろしくご協
力ください。
 

私も

 投稿者:弱き者  投稿日:2008年12月30日(火)07時21分55秒
  QVD様、簡単な自己紹介をします。私は学院の看学を卒業して看護師をしている女です。

私自身は、学院で主に出会いました。学院は私の魂の故郷です。

私自身、教団から酷い対応を受け、教団機関から追い出された経験があります。それにより1年程、寝込みがちに過ごしていた事もあります。

しかし、主の恵みにより、助け手を与えられ、支えられ信仰の危機を乗り越え今に至っています。

私自身、魂の格闘をした学院を愛しています。今でも学院への強い気持ちは変わりません。

学院に戻り奉仕したいなと思いますが、それは叶わぬ夢であると感じています。追い出された人間に居場所はありません。

ただ、私自身は教団や学院に色々あっても、もし御心にかなうならば、主が清めて、用いて下さる用にと願い祈っています。

願わくば日本におけるSDAの最高教育機関として学院は主に立ち返り、主の為に働く場所になって欲しいと思っています。

このような願いを述べていると、教団に執着しているだけの人間にしか見えないかもしれませんけれど。

私は、今年、洗礼を受けて10年になりました。まだまだ学ぶ事は山のようにあります。主が生きる事を許される限り、主のはしためとして存在出来るよう祈り求めたいと思っています。

SDAとして、私に託された使命を遂行し、与えられた信仰の光を人々に伝えていきたいと願っています。

QVD様、私も主の御国でお会い出来る事を心より願っています。
 
    (嵯峨野教会牧師) あなたの願いを神が成就させて下さいますように。今は妨げる人間がいて不可能に見えても神にはお出来にならない事はないのです。  

Re:どうもありがとうございます

 投稿者:QVD  投稿日:2008年12月30日(火)00時22分16秒
  弱き者 様
私めの横槍のような文面でも参考に成りましたでしょうか・・・
第三者の事を仰って居られるのか、はたまたご自身の事を仰って居られるのか、男性なのか女性なのか、前文を書く折には若干躊躇しましたが、あの様な文面になった次第です。
御再臨の折に、主の御国ににてお会いする事が出来れば嬉しいですね(^_^)

「弱き者」と自分からおっしゃっている方が、本当は強い人なのかも知れませんね。
律法を知る事によっては、自分の罪深さがより深く身にしみる⇒それだからこそイエス様が主なる神様がいて下さる。

掲示板にも書き込みをさせて頂きましたが、教会員名簿に載っている二十名に一人も準備が出来ていない・・・であれば、安息日の礼拝に機械的に出席しているから救われるのでは有りません。
SDA信徒だから救われるのでもありません、裁きは神の宮からなされるとするなら、教会の指導者から裁かれるでしょう。
私達が神様を選んだのではない、神様の方が選んで下さったのだ、とすれば選ばれた者の務めや責任は重大ではないでしょうか?
しかし、腐敗の最中を進みつつ有る様な我が教団ですが、この指導者の為にも祈る必要はあると私めは日々思いそして時々祈って居ります(常に祈っていないのが(>_<)ですが・・・)。

これらの事はSDAの教育機関で学ばれたあなた様には、釈迦に説法やも・・・お許しを
 

その時、私は

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年12月29日(月)03時17分13秒
  安息日を守りながら、家族と学校との間で葛藤していた時、そこまでして安息日を
守らなくてもいいのにという教団指導者や牧師の陰口で信仰に揺らぎを感じ、信仰
の危機に直面しました。教会員も誰も私の信仰の助けにはなりませんでした。牧師
も私の陰口を言って私の敵になりました。医学部で安息日を守った経験からアドバ
イスをすると言っていた人は実際には安息日に授業に行っていたということがわか
り目の前が真っ暗になりました。私には誰にも頼る事が出来る人がありませんでし
た。しかし、神は私を必ずお見捨てにならないと信じて泣きながらついて行きまし
た。その結果今の私があります。何も周りに助けが無いように見える時こそ神が助
けて下さるのです。
 

どうもありがとうございます

 投稿者:弱き者  投稿日:2008年12月28日(日)20時06分44秒
  QVD様、初めまして。
メッセージを心より感謝致します。

「信仰生活の中での揺らぎ」、「信仰の危機」という事ですが、
主によって与えられた信仰によって生かされる中で、
時として思いもよらない思いを抱くことがあります。

今まで信じていると思っていた事に対して、
雷に打たれたかのように大きな衝撃をもって突如、疑いへと変わる事が。

私自身は、洗礼を受ける前に学院の宗教週間週の中で、
イエス様が湖の上を歩かれたという奇跡に大きな疑いを抱きました。
「そんな事があるわけが無い。」その思いが、
今まで信じ始めていた思いを一瞬にして惑わしたのです。

イエス様が湖の上を歩かれた事ついては、今までも何度も聞いていました。
しかし、なぜか突然、疑いとして心に入ってきたのです。
それまでは、聖書が好きで、神様が好きで、
学院の神学科教授の夫人には「あなたは看護よりも神学の勉強の方が熱心ね」
と、言われていました。

私は、その疑いを牧師や神学科の教授や、神学科の生徒にぶつけました。
自分が持てるだけの精一杯の疑いをすべてぶつけました。
しかし、どうしても疑いは消えず、大きくなる一方でした。
そのような中で、私は聖書を捨てました。

この格闘の出来事は今でも忘れられない経験です。

今まで信じているものが、ある日突然、疑いとなって心に入る。
そのような出来事に対して、私は「信仰生活の中での揺らぎ」、
「信仰の危機」という言葉を用いました。

信仰は戦いであるという厳粛な事実があります。
仰る通り、それは聖書に明白に述べられ示されています。
にも関わらず、「ある日、突然、疑いへと変わる」事が起こるのです。

「疑いへと“変える”」存在がいる事もまた存じております。
大争闘の通読を繰り返す中で、学んでおります。

…信じていると思っているものが、ある日突然、疑いへと変わる。
敵は盗人のように思いもかけない時に襲ってきます。
だからこそ、主は目を覚まして祈れと言われているのだと思います。

QVD様、何ともまとまらない駄文をご容赦下さい。
お書きになられました、最後の一文
“私達には主なる神様が必要だ、
しかし神様も私達を必要とされておられます。(神様の義の証人として!) ”
が、とても心に響いております。
 

Re:その時、あなたは?

 投稿者:QVD  投稿日:2008年12月28日(日)18時43分10秒
  理事会掲示板からお邪魔しました「QVD」です。

弱き者様の「その時、あなたは?」
>信仰生活の中で揺らぎを感じ、信仰の危機に直面している兄弟姉妹に、
>皆様ならば、どのような対応をされますか?

この「揺らぎ」および「信仰の危機」の定義が共通で無いと話が進まない様な気もしますが、それはさておき
「信仰生活の中で揺らぎ」や「信仰の危機」の無い信仰生活があるのでしょうか、この方は今迄はそのような平坦な道を歩んで来られたのでしょうか?

クリスチャン生活が平坦な道では無いという事は、新約聖書の随所に記述されている事だと理解しておりますが、如何なものでしょうか?

私めは教会員名簿に載っている信者ですが、思いは永遠の求道者としてSDAの教会に出席しております。
暫く前から、礼拝の堕落や長老の言動に情けなくなり乍らも信仰生活を続けております。
そして、自分自身を見つめれば「なんと哀れな、惨めな者」、と沈み行くばかりです。
サタンは天に眼を向けさせない様jに、様々な困難やこの世の誘惑で働きかけてくるのではないでしょうか?
そんな私だからこそ、十字架につき、今は天の至聖所で執り成しをして下さっている、イエス・キリスト様が必要なのだと思っております。
こちらが手を離さない限り、神様はその御手をさしのべて下さっている。
そう信じてこの世を歩んでおります。

私達には主なる神様が必要だ、しかし神様も私達を必要とされておられます。(神様の義の証人として!)
 

霊性とは何か その1

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年12月28日(日)15時21分2秒
  この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなか
った。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。
しかし、聖書に書いてあるとおり、「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の
心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備
えられた」のである。そして、それを神は、御霊によってわたしたちに啓示
して下さったのである。御霊はすべてのものをきわめ、神の深みまでもきわ
めるのだからである。いったい、人間の思いは、その内にある人間の霊以外
に、だれが知っていようか。それと同じように神の思いも、神の御霊以外に
は、知るものはない。ところが、わたしたちが受けたのは、この世の霊では
なく、神からの霊である。それによって、神から賜わった恵みを悟るためで
ある。この賜物について語るにも、わたしたちは人間の知恵が教える言葉を
用いないで、御霊の教える言葉を用い、霊によって霊のことを解釈するので
ある。生れながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚
かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼
はそれを理解することができない。
    コリント第一の手紙2:8〜14


人間が自分の存在を考えることが出来るのが人間の霊です。犬畜生は食べること寝
ること生殖をすることを行いますが、考えているわけではありません。生きている
間自分を維持するだけが獣の精神です。しかし、人間はそれよりも多少進んでいて、
たとえば、自分が死ぬことを恐れるというのは、自分の存在の本質を考えることが
できるという意味において犬猫とは格段の差があります。そして人間は自分の死後
のことや永遠を思うことが出来ます。それも人間の霊だからこそそれ位はできるだ
ろうと言うことです。しかし神の御心を理解するのは人間の霊はできないという事
をパウロが上で述べているのです。神の存在の存在だけなら、感じて恐れおののく
ことは出来ますが、一歩進んだ神のご計画や摂理の流れ、啓示を理解するのは神か
らの霊の働きであると言うことです。それが霊性の理解の第一歩です。

続く
 

そもそも皆さんは

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年12月15日(月)02時03分19秒
  そもそも、兄弟姉妹が信仰生活の中で揺らぎを感じ、信仰の危機に直面しているこ
とに気がつくことができるでしょうか。どうしたら気がつくことができますか。
 

その時、あなたは?

 投稿者:弱き者  投稿日:2008年12月13日(土)21時14分8秒
  信仰生活の中で揺らぎを感じ、信仰の危機に直面している兄弟姉妹に、
皆様ならば、どのような対応をされますか?
 

(無題)

 投稿者:草鞋  投稿日:2008年10月23日(木)08時27分29秒
  感染性微生物やウイルスなどは、自然界が呪われて、ヒトに対して病原性を有するようになったんですね。朧気乍、頭の整理がついて来ました。有難う御座いました。この聖書研究室はいつも楽しく拝読させて頂いております。疑問点が生じたら、またお邪魔させて頂いて宜しいでしょうか?  
    (牧師) いつでもいらっしゃってください。  

原罪

 投稿者:草鞋  投稿日:2008年10月22日(水)09時08分32秒
  はじめまして
ヨハネの第一の手紙1章〜にありますように、私自身も含めて、すべての人間は罪びとであることは同意します。一方、エゼキエル書14章14節には「たとい、そこに、ノアとダニエルとヨブの、これら三人の者がいても、彼らは自分たちの義によって自分たちのいのちを救い出すだけだ。――神である主の御告げ。――」とありますように、自分たちのいのちを救い出す事の出来る3人の義人が記されています。ところが、ローマ人への手紙5章12節「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、――それというのも全人類が罪を犯したからです。」とあります。すると、ノアとダニエルとヨブの3人の義人にもやはり、罪が入っていると言う事になります。アダムとエバが、食べてはいけないと言われた木の実を食べて、全人類に罪が入ったとパウロは主張している訳ですが、罪の何がアダムとエバから遺伝したのでしょうか?原罪とは何なのでしょうか?へブル人への手紙7章9節〜10節「また、いうならば、十分の一を受け取るレビでさえアブラハムを通して十分の一を納めているのです。というのは、メルキゼデクがアブラハムを出迎えたときには、レビはまだ父の腰の中にいたからです。」を用いて、連帯の原理であると説明されている解説を読みましたが、原罪が人類一人一人にどう繋がっているのか、すっきりしません。どう考えれば良いのでしょうか?
 
    (牧師) このように考えてみるとよいと思います。アダムとエバの罪の結果はその子孫の人類だけではなく、自然界にも及びました。動物は凶暴になり、病気が発生し、自然災害が起こるようになりました。自然界が「原罪」を認識して、自然界に罪の呪いが現れたわけではありませんし、遺伝によって動物に原罪が伝わったのではないのが明らかです。「原罪」というのは初代教会のアウグスチヌスらの教父が付け加えた抽象概念であり、神から離れていて罪を犯す傾向にある状態そのものを「罪」として、そう呼んだものに過ぎません。神の戒めに従わない行い、思いは、そうした状態から発生するという意味において、その状態を観念的に「罪」と呼んでいるのですが、聖書にはそういう罪の定義はないのです。それは遺伝するものではなく、自然界に下された呪いと同様に、私たちが生まれたときから私たちの周りを包んでいる状況ともいえます。キリストはそういう状況を改善されますが、それは私たちの本当の罪そのものではなく、罪へ向かわせる傾向であると今は理解してみてはいかがでしょう。もちろんこの説明は十分ではないと思いますが、必要であればまた説明を追加してゆきたいと思います。  

祝・一万人アクセス

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年10月15日(水)08時22分50秒
  ようやく嵯峨野教会聖書研究室の参加が延べで一万人に達しました。これからここ
をSDAユニークな聖書研究室として行きたいと思いますので皆さんの御参加と御
協力をお願いいたします。
 

(無題)

 投稿者:警告者  投稿日:2008年10月13日(月)20時36分1秒
  祭司たちよ、今この命令があなたがたに与えられる。
万軍の主は言われる、あなたがたがもし聞き従わず、またこれを心に留めず、わが名に栄光を帰さないならば、
わたしはあなたがたの上に、のろいを送り、またあなたがたの祝福をのろいに変える。
あなたがたは、これを心に留めないので、わたしはすでにこれをのろった。
 
    (牧師) この警告者という人はIPから見ますと「パンとワイン」という人と同一人物です。
恒例の悪質発言者のIPさらしを行います。
p2189-ipad209akatuka.ibaraki.ocn.ne.jp
   (124.85.19.189)

申し訳ありませんが、私達を呪う人は呪われますよ。
 

黙示録 質疑2−2 は保留させていただきます

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年10月 9日(木)22時32分19秒
  パンとワインさま こんにちわ。

歴史上で民を迫害したのは共産党だけではなく、ナチスドイツもあり、戦前の日本
もあり、中世のローマカトリックもあり、江戸時代の幕府もあり、キリスト教徒を
迫害するのはインドのヒンズー教徒やインドネシアのイスラム教徒、ハイチのオカ
ルト社会など、いくらでもあります。右翼も左翼も関係がありません。共産党と限
定することは聖書から逸脱していると思います。こういう意見を書き込み始めるこ
と自体、あなたが聖書を正しく理解しているとは思えません。

パンとワイン様 さようなら。
 

問題点の指摘

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年10月 8日(水)22時56分29秒
  多少の問題点を指摘します。

 他方、イエスは黙示録 3:12で
 「勝利を得る者を、わたしの神の聖所における柱にしよう。・・・」
 と言っています。
 つまりマタイ16:18で、イエスはペテロを土台の一部にしよう、と言ったものと考えらます。


勝利を得るものはペテロだけではありません。


 ペテロは一信徒ではなく、使徒です。マタイ 19:28 に、次の通り書いてあります。
 「イエスは彼らに言われた、『よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光 の座につく時には、
  わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさ  ばくであろう。』」
 ここにある通り、ペトロや他の使徒はイスラエルの十二部族の長となることが言われています。
 つまり、ペテロの上に教会を建てるとは、(イエスが基礎であることは当然として)
 ペテロを代表とする使徒も教会の基礎の一部になることを意味します。


この解釈の問題点は、なんの断りもなしに、教会=イスラエルの十二部族 という
等式を当然のように主張している事です。イエスの弟子達はユダヤ人でしたから、
これがその言葉の語られた時代背景を斟酌してそのまま当てはめられるとなります
と、異邦人のことは全く眼中に無いことになります。つまりイスラエルの十二部族
はあくまでもイスラエル(ユダヤ)人のことであって、その後の教会歴史とは無関
係ということになるでしょう。そこにある論理の飛躍にお気づきになりませんか。
 

NO.13

 投稿者:リバプールの風  投稿日:2008年10月 8日(水)01時48分18秒
  パンとワインさん こんばんわ。

あなたは、カトリックと同じ様に重大な聖書解釈の過ちを犯しています。
私達の教会は、人の上にたてられているのでしょうか?
私達の教会の基礎は、隅のかしら石であるキリストの上に建った教会で
なければいけません。また、パウロが言うように、教会はキリストのからだの
一部です。ゆるぎないキリストという土台の上に、預言者や使徒達、教会員が
あるのではないですか。
よく考えてみてください。あの時点で、キリストがペテロ一人にそんな任命を
されると思いますか?彼らはこの時点で誰が一番えらくなるのかということで
しきりに争っていました。キリストが何のために人間のかたちをとられたか、
本当の意味をまだ知っていなかったのです。
ペテロは、教会の信仰の基礎である真理を表明しました。
イエスは、今ペテロに、信者全体の代表としての栄誉をお与えになった。
イエスは、あなたに天国の鍵を授けよう。そしてあなたが地上でつなぐ
ことは、天でもつながれ、あなたが地上で解く事は、天でも解かれるで
あろう。といわれた。
「天国のかぎ」とはキリストの御言葉です。すなわち聖書を意味します。
聖書の言葉には、天国を開いたり、閉じたりする力があります。
それは人びとが受け入れられるか、拒否されるかする条件を宣言します。
これが理解できないのであれ、私とあなたとの溝は、永久に埋まる事は
ないでしょう。あなたような解釈が、ローマカトリックをつくり、
特別な人間を擁立し、あたかもキリストから権威を授かったように
理解し、かってに神の代理者といって、免罪符などといった行為に
走ってしまったり、律法を変えてしまうという大罪を犯し、背教に
陥ってしまったのです。
私達の土台は、キリスト以外にありません。ペテロはすばらしい
一信徒に過ぎません。
お願いです。これ以上聖書の曲解はやめてください。
 
    (牧師) カトリックは、聖ペトロ以来の教会使徒継承権を持っている事を根拠にして、カトリックこそが真の教会であると主張しています。もちろん、そういう主張は非聖書的であります。  

NO.12

 投稿者:リバプールの風  投稿日:2008年10月 7日(火)02時45分36秒
  パンとワインさん こんばんわ

私は、ゼカリヤの白い馬は、どう考えても再臨に関してつながりません。
むしろ、赤い馬の方が気になります。(ゼカリヤ1章)
ゼカリヤと黙示録の馬の関係が、私自身、現時点の解釈では、不明瞭な点が
いくつかあるので、あえてここで公表は避けます。
東に関しては、今まで西から再臨されるなんて事を聞いたこともなかったし、
言われる人もいなかったので、ちょっと興味を持ちましたが、これまで以上に
東からキリストがこられることは、確信できました。とてもあなたの説明では
全く納得できません。
聖所に関しては、1ー16、1ー17でのあなたの聖所の説明がよく私には
何を言いたいのか解りませんでした。聖所はキリストご自身を現すのは百も承知です。
それともう一点。質疑2ー1で黙示録11章の内容を述べられている点で、
初歩的な解釈の間違いをされています。
あなたは、マタイ16章18節にかけて述べられていますが、
「そこで、わたしもあなた(シモン・ペテロ)に言う。
 あなたはペテロ(ぐらつく石、小石)である。そして、わたしは
 この岩(ぺテラ、人が動かすことができない巨岩)の上に
 わたしの教会を建てよう。」マタイ16:18
 ここで、イエス様は、人の上ではなく、ぺテラすなわちキリストご自身の
 上に自分の教会を建てるとおっしゃっているところです。
 ペテロ(ぐらつく石、小石)の上に教会を建てると言われているのではなく、
 真の土台である、この岩(ペテラ)キリストご自身です。
 

嵐の予報

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年10月 6日(月)00時16分29秒
  最近入った情報によりますと、今、ローマ教皇がバチカン本部が今までカトリック
がろくに手を付けなかった黙示録を見直して、キリストと教会の救いを拒んだ者は
滅びて地獄(または煉獄)に落ちると伝統的に教えてきたものを改めて、人類はい
ずれは皆救われるというような教えに書き直す作業を進めており、まもなく、その
ような聖書基礎教理の変更を世界のキリスト教会に向けて宣言する準備をしている
のだそうです。しかもその変更作業には一部のプロテスタント教会の跳ね返り分子
も加わっているのだそうです。これは急を要する事態です。経済危機や株の暴落な
どよりもよほど深刻な問題です。安息日を第七日から第一日に変更した教皇は今や
聖書の教えを書き直そうとしているのです。いまこそ皆さんに自らの救いを確かな
ものにするために真剣な聖書研究を要請したいと思います。
 

NO.11

 投稿者:リバプールの風  投稿日:2008年10月 5日(日)23時15分52秒
  パンとワインさん こんばんわ。

 他の預言との整合性でと、あなたはおっしゃいましたが、当然そうです。
 では、ゼカリヤ書の白い馬との整合性は、どう説明されますか?
 また、整合性うんぬんよりも、新しい地には聖所はなかったと、ヨハネは
 言っていますが、あなたの言う聖所はなんなんですか?
 そもそも、あなたは聖所に関して理解していないようですね。
 あなたの言う、西からイエスが再臨されることについても、聖書に
 全く書かれていません。何度もいいますが。
 嵯峨野教会牧師の言われるように、大争闘を一度読んでください。
 この約2000年の間に、聖書の教理は曲げられ、真理は欺かれ
 律法は変えられてきました。現代の預言者が書かれた証の書は、
 盲目に陥った私達を、再び、聖書のすばらしい大真理に導く、
 すばらしいものです。そうでなければ、私達は、イエスさまが
 はっきり、「天地が滅び行くまで、律法の一点一画もすたることは
 なく、ことごとく全うされるのである。」という言葉さえ
 まともに理解できずに、第一日目日曜日を安息日と信じていたこと
 でしょう。
 ついでに、初代文集もお勧めします。
 

聖書に帰って下さい

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年10月 4日(土)22時11分45秒
  白い馬が再臨のイエスであるという解釈福音書と無理やり摺り合わせようとする人
為的解釈です。これをキリストであるとすると、黙示録の幻の時系列の啓示が意味
を成さなくなります。冠は迫害を耐え忍んだ聖徒が受ける冠のことであると考える
ことによって論理的に決着しています。聖書と何の矛盾もありません。聖書はパズ
ルではありませんから、自分のひらめきに頼って無理な解釈を施すと、啓示の意味
が曖昧化され、わからなくなります。黙示録の記事が時々わからないのは、我々の
理解力の問題であり、神が不正直な方であるというわけではありません。ですから
「神が真実を言われる方であるという自明の真理に基づき黙示的な部分を解釈する
ことが必要だ」というのは、人間の理性を過信して有限の人間が無限の神に轡をか
ませるようなものですので、撤回を願います。確かに神は聖書をわかりやすく幼子
でもわかるように書かれました。しかしその理解は神から与えら得るものであって
人間の小ざかしい論理や閃きによるのではないという謙遜な理解が大切です(そこ
でふんそりかえっている石松さん、ちゃんとこの文を読んでいますか。言いたいこ
とがあれば2chに卑劣なコメントを書き込むのではなくここに応答しなさい)。
 

「各時代の大争闘」を読んでください

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年10月 4日(土)00時01分50秒
  ダニエル書と黙示録の理解を深めるために皆さんにお勧めします。  

NO.10

 投稿者:リバプールの風  投稿日:2008年10月 3日(金)23時25分38秒
  パンとワインさん こんばんわ

わたしは、聖書と証の書に完全な調和を感じますし、矛盾を感じた事は
ありません。SDAの牧師でも、たいして証の書を読んでいない方の
説教は、矛盾が多く、必要以上に自分の解釈をとうとうと述べられる
場合が多い為、残念なことに、単純な真理が、煙にまかれてしまい、
聖書は難しいと、いったことになってしまうのを、今までどれだけ
見てきたことでしょう。
わたしは、これからも、聖書と証の書は使用します。
パンとワインさんも、証の書を熟読してから、判断してください。
読んでもないのに、これは駄目だと判断するのは愚の骨頂です。
ハルマゲドンの件は嵯峨野教会牧師が付け加えていただいたので、
特に書くことはありません。
もう一度言いま。あなたの解釈では、偽キリストを再臨したキリストと
間違ってしまいます!!!
 

もっと厳密に言いますと

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年10月 3日(金)10時27分3秒
  これは非常に大切なポイントですから、皆さんがよく理解して欲しいと思いますが、
イエスが再臨して最初に現れる場所は「空中」であり、ハルマゲドンでもエルサレ
ムの神殿でもないという事です。多くの再臨待望者は再臨のイエスキリストがイス
ラエル共和国の首都となっているエルサレムの神殿に降臨し、そこをお歩きになる
というような夢を語りますが、聖書が教えている事は明らかに、再臨のイエスは義
人を天に召すだけで、この地上には足を付けられません。その時にこの地上は荒廃
します。イエスが地上のエルサレムに降り立つのはこの再臨から更に1000年後です。

このことからもう一つはっきりわかることは、キリストの再臨の直前に起こるとみ
られる偽キリストの降臨は、偽キリストが空中から降りてきて地上を歩き、それら
しい奇跡を行って民を欺くだろうとおもいますが、真のキリストは聖書によれば地
上に降りては来られません。それによってまた真のキリストか偽りのキリストかを
判断する事ができるでしょう。聖書や黙示録をきちんと書かれているように真剣に
研究していない人は、サタンの最後の断末魔のパフォーマンスを見て簡単に欺かれ
るでしょう。
 

NO.9

 投稿者:リバプールの風  投稿日:2008年10月 3日(金)01時23分54秒
  パンとワインさん こんばんわ

嵯峨野教会牧師の言われるとおりです。聖書を土台に考えるのは
当然のことです。私は、聖書と証の書をどういう位置付けで考えて
いるかは以前示したとおりです。持っている真理が違うのです。
聖書を土台にと言われるのであれば、なぜ、ハルマゲドンにキリストが
再臨なさると言うのか、全く理解できません。聖書にそれを示す箇所が
ないのに。このような解釈でいくと、サタンが最後に起こす大欺瞞に
だまされる恐れを感じます。つまり、偽キリストです。
サタンが唯一真似できない光景があります。それはキリストの再臨の
光景です。だからここはしっかり理解していないといけない所です。
ちなみに、千年期のあと、サタンと、悪人達を滅ぼされる為に、再び
こられる時は、あのオリブ山におくだりになります。
ゼカリヤ書の14:4からお読みください。
 

NO.8

 投稿者:リバプールの風  投稿日:2008年10月 2日(木)01時06分42秒
  パンとワインさん こんばんわ

どうして、聖所を切り離して考えるのでしょうか。
あの聖所は、キリストと全く関係がないとおっしゃるのですか。
神の栄光とキリストの再臨(栄光)がなぜ、いちいち方角を変える
必要があるのですか。
「神よ、あなたの道は聖所にあり。」詩篇77:13(欽定訳)

白い馬の解釈ですが、私は、歴史的背景部分の解釈としては、
嵯峨野教会牧師と同意見です。あなたの解釈は、まわりくどいだけで
結論の部分で、無理やり感があって、同調できません。
土台が違うと、なかなか一致しませんね。まあでも、楽しいです。

冠ですが、黙示録4:10、11この場面大好きです。
私の言いたいことがご理解いただけるでしょうか。
キリストの十字架の勝利によって、義は私達に着せられました。
目にはみえませんが、信じる信仰によって。
再臨の時、冠を得る為に、よくやったと誉めてもらう為に
私達は今頑張るのです。といわれる方もおられますが、正直、
その点には、私はあまり興味がありません。
一発張り手でもくらって、でも抱きしめて下さって、
「心配をかけさせやがって。でもよかった。」と言われるのが、
私にはふさわしいと思うので。皆さんのような、立派な信仰生活
ではなくて、遠回りしてしまったので。
 
    (牧師) パンとワインさんは、キリストが最初に来られる場所がハルマゲドンであるという誤った考えに固執しておられるのです。
ですから局地的な事を論じて全体を見失っておられるのです。
 

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