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順番に行きましょう

 投稿者:嵯峨野教会牧師  投稿日:2008年 9月29日(月)00時21分9秒
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  9月20日の記事から行きます。

最初の問題は、白い馬がキリストを指すという仮定で話が始まっていますが、これ
が本当にキリストを表すという証明がありません。白い色や剣、矢などのアイテム
は純粋、実直、等の表現であるというのはいいですが、これは初代教会の信徒の特
性でもあります。
黙示録19:11〜16にも白い馬が出て来ますが、それは再臨のイエスであり、ここの
白い馬の騎手との関係は等号で結ばれるものではありません。白い馬の騎手が王
や主を表しているのではなく、その時代に現れた教会の特性を表していると考えて
も十分成り立ちます。初代教会の信徒は現代の教会の信徒よりもよりキリストの純
潔と勇気を表していたので、白い馬の比喩は適切です。時系列からしても、これが
キリストご自身であるという主張は説得力が少し弱いです。

a)弓から放たれた矢は狙った的に正しく真っ直ぐに飛びます。
初代教会の人たちは事実そのようでした。異教徒からの迫害を恐れず、まっすぐに
キリストの愛に動かされて狂人のごとくまっすぐ突き進み、正義のために戦いまし
た。私は現代の我々もまたそうならなければならない時が間もなくくると信じてい
ます。

b)最初の「勝利」と次の「勝利」
キリストにある者は勝利から勝利へ進みます。私も教団から迫害されましたが勝利
しました。何に対する勝利であっても、すべての信徒が信仰による奇跡の勝利の経
験をして欲しいと思います。神の民は奇跡によって守られます。

c)冠とは、戦って魂を勝ち得たものに神から賜るものです。人間の業績とは無関係
です。

しかし、この白い馬であらわさる初代キリスト教会の特性も、間もなく次に現れた
世俗権力や異教文明と習合したローマカトリックによる聖徒の迫害によって血塗ら
れたものになるのです。それが次の赤い馬の奥義です。


つづく
 
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