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はじめまして
ヨハネの第一の手紙1章〜にありますように、私自身も含めて、すべての人間は罪びとであることは同意します。一方、エゼキエル書14章14節には「たとい、そこに、ノアとダニエルとヨブの、これら三人の者がいても、彼らは自分たちの義によって自分たちのいのちを救い出すだけだ。――神である主の御告げ。――」とありますように、自分たちのいのちを救い出す事の出来る3人の義人が記されています。ところが、ローマ人への手紙5章12節「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がったのと同様に、――それというのも全人類が罪を犯したからです。」とあります。すると、ノアとダニエルとヨブの3人の義人にもやはり、罪が入っていると言う事になります。アダムとエバが、食べてはいけないと言われた木の実を食べて、全人類に罪が入ったとパウロは主張している訳ですが、罪の何がアダムとエバから遺伝したのでしょうか?原罪とは何なのでしょうか?へブル人への手紙7章9節〜10節「また、いうならば、十分の一を受け取るレビでさえアブラハムを通して十分の一を納めているのです。というのは、メルキゼデクがアブラハムを出迎えたときには、レビはまだ父の腰の中にいたからです。」を用いて、連帯の原理であると説明されている解説を読みましたが、原罪が人類一人一人にどう繋がっているのか、すっきりしません。どう考えれば良いのでしょうか?
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