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この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなか
った。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。
しかし、聖書に書いてあるとおり、「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の
心に思い浮びもしなかったことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備
えられた」のである。そして、それを神は、御霊によってわたしたちに啓示
して下さったのである。御霊はすべてのものをきわめ、神の深みまでもきわ
めるのだからである。いったい、人間の思いは、その内にある人間の霊以外
に、だれが知っていようか。それと同じように神の思いも、神の御霊以外に
は、知るものはない。ところが、わたしたちが受けたのは、この世の霊では
なく、神からの霊である。それによって、神から賜わった恵みを悟るためで
ある。この賜物について語るにも、わたしたちは人間の知恵が教える言葉を
用いないで、御霊の教える言葉を用い、霊によって霊のことを解釈するので
ある。生れながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚
かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼
はそれを理解することができない。 コリント第一の手紙2:8〜14
人間が自分の存在を考えることが出来るのが人間の霊です。犬畜生は食べること寝
ること生殖をすることを行いますが、考えているわけではありません。生きている
間自分を維持するだけが獣の精神です。しかし、人間はそれよりも多少進んでいて、
たとえば、自分が死ぬことを恐れるというのは、自分の存在の本質を考えることが
できるという意味において犬猫とは格段の差があります。そして人間は自分の死後
のことや永遠を思うことが出来ます。それも人間の霊だからこそそれ位はできるだ
ろうと言うことです。しかし神の御心を理解するのは人間の霊はできないという事
をパウロが上で述べているのです。神の存在の存在だけなら、感じて恐れおののく
ことは出来ますが、一歩進んだ神のご計画や摂理の流れ、啓示を理解するのは神か
らの霊の働きであると言うことです。それが霊性の理解の第一歩です。
続く
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