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11.要約と結論
歴史の証言
これまで約二千年に渡る教会史、特に宗教改革の歴史を、簡潔に要約しながら学ん
できた。このような歴史の教訓を通して我々が皆異論なく到達できる合意と理解と
結論は何か?
第一:4世紀の政治宗教権力的基礎が置かれ6世紀から正式に活動を始めた中世教会
はダニエル(7:25,8:10〜12,11:31〜40)と黙示録(12:6,13〜15,13:5〜9)
に正確に予言されている。背教の勢力の登場は使徒パウロもはっきりと予告(2テサ
ロニケ2:3〜7)していることを聖書と歴史から検証した。
第二:12世紀から静かに始まり16世紀に爆発的発展を遂げた宗教改革は背教と堕落
の極致にあった中世の教会に対し、信仰良心と聖書信仰が起こした当然の反応であ
り、神自ら導いた改革運動であったことを確認した。
第三:中世教会の背教が千年以上も続いた後の16世記の宗教改革は、改革のほんの
最初であって、あって改革そのものが完了したのではない。それは常識として認識
されるべきことである。16世記宗教改革の旗手達のルター、Zwingli、Anabaptist
派、Calvinなどの改革もまた、危機にあった救いの信仰を回復するための偉大な改
革のほんの始まりであって、それで完成した訳ではなかった。つまり16世記の宗教
改革は完成に向かって継続的に進行し発展し続けなければならない性質と宿命を背
負っていたのである。
従って、改革の継続的発展と新たに明らかされた聖書の真理を認知することを拒絶
したまま、16世紀の認識に固着しているのは宗教改革の精神と目的への反逆である。
その事はJohn Robinsonが1620年自身が命をかけて牧羊した一団の信者たちをメイフ
ラワー号に乗せ新大陸米国に出送った時の告別説教によくあらわれている。
“私としてはプロテスタント教会の現状に悲嘆を禁じ得ません。彼らはひと時は
信仰的であったが、現在は彼らの改革者たち以上に理解が進まなかったのです。
ルター教信者たちもルターが気づいたこと以上を越せず・・・、Calvin主義信奉者た
ちも、皆さんのご存知の通り、神の偉大な人でありながら全ての真理に目覚めな
かった人「Calvin」が据えた座標に固着しています。これは悲しむべき不幸なこ
とです。なぜなら、たとえ彼ら「改革者」がその当時には燃えながら光を出して
いたとしても、彼らが神の完全なみ意志くまなく気がつく事が出来ませんでした。
しかし彼らが今生きていたら、彼らが最初に光を受け入れたようにそれ以上の光
も喜んで受け入れることでしょう。”
第四:以上に述べられた宗教改革の歴史で明らかなように、ルターやZwingli、
Anabaptist派、Calvinなどの改革が決して完成された聖書理解ではないために、
「真理を固守する」という大義名分でそれぞれの分派のレベルのみに聖書理解を固
定させてしまうのは健全な聖書信仰ではなく、単なる宗教的分派主義になってしま
う。そうすることは「わたしたちすべての者が、神の子を信じる信仰の一致と彼を
知る知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高
さにまで至」らせ今はもう「子供ではない・・・様々な教えの風に吹きまわされた
り、もてあそばれたりすることがなく」(エペソ4:13,14)という成長のレベルに
到達させる神の意志にも全的に反する。しかし不幸にも16世紀以後のプロテスタン
ト教会がまさにこうした思考停止状態の上に停止していると認めざるを得ないのが
現実だ。プロテスタントがローマカトリック教会から分離してきた史実について神
学者Thomas Guthrie博士は懸念を表明している。
「3百年前にわたしたち教会は開かれた聖書を根拠にし、‘聖書を探求しなさい’
という標語を掲げてローマ教会の門を蹴って行軍してきた。しかし彼らがバビロン
からすっかり脱出したといえるのか?」
Calvin主義会衆教神学者であるSamuel Hopkins博士は「千年紀」に関した彼の論文
でこのように証言している。
「反キリスト的な精神と行事が今ローマ教と呼ばれる教会にだけ局限されている
と考える理由がない。プロテスタント教会自身もその中に反キリスト的要素を温
存していて・・・、カトリックの腐敗と罪悪から完全に改革されたというには遠い距
離にある。」
漸進的な改革
宗教改革の歴史で明白になったことは、中世教会の背教から立ち返って救いに必須
な聖書理解と信仰を回復したのは一気呵成に成ったことではなく、段階的、漸進的
な過程を通してきたという事実だ。
A.12世紀Waldensesたちの改革はWycliffeに手渡され、HusとJeromeに継がれ、さ
らにボヘミア・モラビア改革者たちを通してZinzendorf伯爵に伝達されモラビア教
会を誕生させた。モラビア信者たちの影響で回心したJohn Wesleyによって監理教が
構成されたことは周知の事実であろう。モラビア教会がプロテスタント世界宣教に
及ぼした影響を決して無視できない。
B.ルターの宗教改革もCalvinを含む当時の改革者たちに大きな影響を及ぼし、17
世紀末ドイツで起こった敬虔運動に洗練されながらZinzendorf伯爵を通しモラビア
教会を誕生させることに寄与した。
C.Grebel、Manzなどによって推進したAnabaptist派の改革もオランダでの
Mennonitesの改革運動で確立した後に、当時その地にイギリスから避難していた会
衆派清教徒たちに深い感化を及ぼしバプテスト派の教理的基礎を築くことに寄与した。
D.基礎的な段階でルターの影響を大きく受けたCalvinの改革は英国のCalvin主義
改革者たちである清教徒によって大きく改善と洗練を受け会衆教会を誕生させる母
体となり、会衆派清教徒たちによってAnabaptist派の信仰が加えられたバプテスト
教が形成されたことはまことに驚くべき歴史的展開だった。19世紀米国の再臨運動
を指導したWilliam Miller自身もバプテスト派の人であった。このようにその以前
のどの教会よりも聖書理解と信仰が急成長したバプテスト派の聖書信仰の上にさら
に進歩したSeventh Day Baptistsが誕生し、4世紀以来踏みにじられてきた聖書の第
七日安息日を回復させたとこは決して偶然ではないだろう。
世界比較宗教学界の権威であるOxford大学出版会の「世界キリスト教百科」(World
Christian Encyclopedia)の図解には、16世紀から続いてきた宗教改革の最終ラン
ナーを第七日安息日イエス再臨教を書き表している。これが宗教改革の真髄である。
プロテスタントの正統主流であるバプテスト派を継承した座においたのは、キリス
ト教歴史を正しく知っている学界の常識である。第七日安息日教会のこのような歴
史的出所に気づかず、自身の歪曲した偏見や世間体に閉じこもっている幾人かの批
評的な人士たちにはこの際これらの事実を知ってキリスト教の歴史を正しく学びな
おす契機とすることを要請する。
E.宗教的な理由ではないが、ローマカトリック教から離れてきた英国国教会「聖
公会」はルターとCalvinの改革信仰の影響を多きく受けたが、霊的な更生はなかな
か進まなかった。18世紀前半にWesley兄弟が主導した聖潔運動を契機にモラビア教
会の信仰とCalvinの予定説を反対したアルミニウスの教えを洗練させ監理教を誕生
させたことは非常に幸いなことだ。19世紀米国の再臨運動にバプテスト教、会衆教
と共に監理教指導者たち折半にもなる座を占めたことは瞠目に値することだ。
改心が必要なプロテスタント
このような歴史の明白な教訓と真相にもかかわらず、いまだに大部分のロテスタン
トたちが16世記当時にルターやCalvinなど改革者たちが教えたこと以上の聖書の新
しい真理は自分からもっと学ぼうともせず受け入れようともしない。それなのに保
守という名分を立てて昔の事だけを固守しながら、新しい光は理由もなく排斥し、
むやみに異端と断罪してよいのかよく考えなおされたい。前で引用した清教徒指導
者Robinson牧師が奨励したように、ルターやCalvinなどは「神の偉大な人たちでは
あるが全てのことに気づけなかった人」ではないか?「彼らがその当時には燃えな
がら光を発したが、神の完全なみ意志をくまなく気がつけ」なかったではないか?
電気がなかった時代には油皿や蝋燭が一番明るい光だったが、今は明るく安全な電
灯を使っているではないか?そしてエジソンが初めて発明した原始的な白熱灯もそ
の時は眩しいと思われた光だったが、当時の規格の電球を生産している人はいない。
今はその原理を発展させより明るくより安全な光熱器具を作り出し今私たちがそれ
を使用しているではないか?そのようにすることが発明王エジソンを無視したり不
名誉にすることなのか?初めから神の御言葉である聖書以外にはいかなる人間のい
かなる考案や悟りや教えも完全でないことをなぜ理解しようとしないのか?
1870年教、教皇無誤説を教理と宣布したローマカトリック教会は、過去に制定した
教理や伝統がどんなに間違っていても決して変えたり取り消せなくなり根本的な改
善が制度的に不可能な不幸な宗教団体になってしまった。ギリシャの哲学者アリス
トテレスの天動説を教会教義と宣布した中世カトリックに対立し聖書的で科学的な
地動説を主唱したGalileoと彼の教えを1632年、異端的と宣言し宗教裁判にかけたロ
ーマカトリック教会が、科学的に明白な過誤を渋々と認めるのに3百年もかかったこ
とを思い起こすとやるせない暗澹な気持ちになる。プロテスタントがこれと同じ事を
してはいけないのだ。
ルターやCalvin、Wesley、William Millerなどの考えが無誤であると立証されれば
聖書信仰が確立するものではない。彼ら改革者たちは全て「その時代の息子たち」
としてその時代の人々のために自身が受けた光を外に照らすために自身を犠牲にし
ながら力いっぱい働いた人たちだ。キリストが自らなさった次の御言葉に心を留め
よう。
「あなたがたはバプテスマのヨハネのもとへ人をつかわしたが、そのとき彼は真理
についてあかしをした・・・ヨハネは燃えて輝くあかりであった。あなたがたは、しば
らくの間その光を喜び楽しもうとした。しかし、わたしには、ヨハネのあかしよりも、
もっと力あるあかしがある・・・。父も、ご自分でわたしについてあかしをされた・・・。
あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わた
しについてあかしをするものである。しかも、あなたがたは、命を得るためにわたし
のもとに来ようともしない。」(ヨハネ5:33〜40)
実際に一時、バプテスマのヨハネのメッセージに従い洗礼を受け、快くその光に従
った人たちが後に使徒パウロが伝えた、より明るいキリストの福音を喜んで受け入
れ再び浸礼を受け、キリストの教訓をそのまま従う真の模範をみせたではないか?
(使徒行伝19:1〜7)。たとえ16,17世紀のクリスチャンたちが中世の霊的暗黒を
抜け出して一時的にルターやCalvinなど改革者たちの光に快く留まったとしても、
いつまでもその光だけで満足したら、間違いなくまた別な霊的暗黒を経験してしま
う。それが混乱を繰り返している当今の私たちプロテスタント、すなわちこれ以上
成長することを拒んだ今日のプロテスタントの歪んだ姿ではないか?正しいクリス
チャンの道はどうあるべきか?
「正しい者の道は、夜明けの光のようだ、いよいよ輝きを増して真昼となる。悪し
き人の道は暗やみのようだ、彼らは何につまずくかを知らない」(箴言4:18,19)。
プロテスタントはただのカトリックの分派か?
ほとんど大部分のプロテスタント会が、宗教改革から五百年も経っているというの
に中世の霊的暗黒とローマ教会の非聖書的な残りカスを依然として捨てずに残して
いるではないか?よく知られたカトリック弁証書である「多数者の信仰」(The
Faith of Millions)の著者であるカトリック神学者John A. O’Brienの論説の中に
もこの事実がよくあらわれている。
「どうしてクリスチャンたちは聖書に言及されている日の代わりに日曜日を準遵守
しているか?・・・しかし聖書に明示された日は日曜日ではなく土曜日であるため、自
身たちの信仰は教会からではなく聖書から直接取り上げたものだと公言する非カト
リック信者たちが土曜日の代わりに日曜日を遵守することはおかしくないか?勿論
おかしくて一貫性がないことだ・・・。このような変更は聖書のどの聖句にも書かれて
おらずカトリック教会の権威でようやく変更したものなのに彼らはこの慣習をずっ
と温存して遵守している。日曜日遵守こそ母なるカトリック教会の背教の異物なの
に、非カトリック分派たちは、まるで家を飛び出た家出少年がのポケットの中に母
親の写真や母の髪一束を形見に持ち歩いているのと同じように大切に残しているの
である。」
O’Brienの言葉のように、聖書には一箇所も遵守するように言及されたこともない
日曜日に礼拝しながら、厳然な十戒第四条ばかりか新旧約聖書に渡り書かれている
第七日安息日を故意に蹂躪しているプロテスタントは決して「聖書のみ(sola
scriptura)」の原則に従っているといえない。それはプロテスタントがいまだに伝
統を聖書の権威以上に重視する中世カトリック教会から徹底的に改革されていない
ことを意味する。だからカトリックの神学者に、プロテスタントは単なる分派で、
故なく母教会を飛び出た家出少年と同じように扱われて揶揄されているのだ。
さらにもっと深刻なことは、ルターをして命をかけて宗教改革をおこさせた免罪符
制度の根拠となった煉獄思想や霊魂不滅思想をプロテスタントが未だに信じている
ことだ。前にすでに確認したように、聖書で禁じられている死者との交流の経験を
基礎にして現代の降神術と心霊科学が起こった。これは聖書信仰の基礎である条件
的不滅と復活信仰を否定する恐るべきまやかしである。これはもともとはギリシャ
ローマ時代にエジプトから持ち込まれて流行った霊魂不滅思想である。そしてその
発起人の張本人は「偽り者であり、偽りの父」(ヨハネ8:44)になったサタンであ
ったことも聖書で確認した(創世記3:4)。
新、旧約聖書が人々の手に届くものになり、ルターの宗教改革など過去の教会史の
系譜が明らかにされ、20世紀に入ってOscar Cullmannなどの聖書学者によってプロ
テスタントの歴史の真実が明らかにされてきているにもかかわらず、どうしてあな
たがたはいまだに中世の暗黒に迷っているのか?プラトンの霊魂不滅思想に影響さ
れたアウグスチヌスなどの教父たちの影響で中世教会の変態的教理が作られた。ア
ウグスチヌスの哲学に心酔したCalvinがカトリックからプロテスタント信仰に改宗
してわずか2年目の25歳の時に年に不注意に書いた論文「昏睡論」に示された霊魂不
滅の教えが、聖書の教えから大きく外れているのが明らかなのに、なぜそれを維持
しているのか? そのためにプロテスタントは自ら、別な煉獄の中間状態まで創り
あげたのか?
霊魂不滅を教えたカトリック教会は、生きている信者たちに煉獄で苦痛にあってい
る死んだ人たちの霊魂のために祈るよう教え、体は死んだが霊魂は生きているとい
う聖者たちにも執り成す祈りを捧げるように要求している。同様に霊魂不滅を信じ
る一部プロテスタントもすでに死者との霊交が聖書で禁じられていることであるこ
とも気がつかず、サタンの破滅的な降神術を防ぐ防御壁は壊れている状態にある。
今日、教会ですらも話題になることもあるばかばかしいテレビの心霊現象特集は何
であるか。それはまるで体から分離した霊魂が存在している証拠を教えているよう
だ。 なんという聖書信仰の混乱であろうか! われわれの神の教会がこのような
「悪魔の住む所、あらゆる汚れた霊の巣くつ、また、あらゆる汚れた憎むべき鳥の
巣くつ」(黙示録18:2)とならないように指導者たちは真に覚醒して言行一致した
な聖書信仰を徹底的に確立しなければいけない。なぜなら、「民は自分たちの神に
求むべきではないか。生ける者のために死んだ者に求めるであろうか。ただ教えと
あかしとに求めよ。まことに彼らはこの言葉によって語るが、そこには夜明けがな
い。彼らはしえたげられ、飢えて国の中を経あるく」(イザヤ8:19〜21)とあるか
らだ。
この上ない非聖書的な本質が明らかになった幼児洗礼の教理もなぜまだ放棄できな
いのか? 罪のない神の子も、「このように、すべての正しいことを成就するのは、
われわれにふさわしいことである」”(マタイ3:15)と仰り自ら水に沈むことで見
本をみせた洗礼をさておいて、どうして大部分の教会たちがいまだにカトリックの
遺産である滴礼を続けているのか?こうしたことは外にあらわれた形式に関するよ
うなことだが、内的に成り立たねばならない霊的な本質に関わる改革の必要はより
広範囲で至急で深刻である。
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