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中世教会の背教の歴史と内訳
西暦 背徳の詳細
364 安息日を呪いその神聖性を日曜日に移した(Laodicea宗教会議)
375 天使と死んだ聖者たちへの崇拝、聖像使用
431 マリアを“神の母”と高め始めた(Ephesus宗教会議)
500 司祭たちは異教祭祀長たちの本を真似た服装に執典?した。
526 終油聖事(病者聖事ともいう)
593 教皇グレゴス1世によって煉獄教理が紹介された
600 マリアや死んだ聖者たちに直接お祈りした
756 フランス王Pepinによって教皇に領土と世俗権が付与された
786 贖罪と礼拝の手段として十字架、聖像、及び遺物崇拝
787 死者の為の祈りと死んだ聖者たちに祈りを捧げる儀式制定
850 司祭によって祝聖された聖水使用
890 ヨセフ(マリアの夫)崇拝
995 教皇ヨハネ15世が初めて死んだ教皇らを列聖した
998 金曜日及び四旬節(Lent)に断食を要求した
11世紀 礼拝ではなく祭祀としてマス(Mass)がささげられた
11世紀 教皇グレゴス7世によって聖職者の独身制度が確立された
12世紀 水に沈める浸礼(バプテスマ)の代わりに水をかける洗礼が認可した
1090 隠遁修士人Peterによって聖母にささげる“バラの花束”の意味の“ロサリオ”すなわち黙珠祈祷が考案された
1184 宗教裁判(Inquisition)制度が設定された(Verona宗教会議)
1190 免罪符(Indulgences)販売
1215 化體説が教皇イノセント3世によって宣布された
1215 神の代わり司祭に罪を告げる告白聖事が教皇イノセント3世によって設定された(Lateran宗教会議)
1229 聖書を禁書目録にいれ一般信者たちの接近を禁止した(Valencia宗教会議)
1414 聖餐の時一般信者に葡萄の杯を禁止した(Constance 宗教会議)
1439 煉獄が正式教理と宣布された(Florence 宗教会議)
1513 教皇レオ10世は霊魂不滅を教理と確定し条件的不滅信仰を異端と宣言した(Lateran宗教会議)
1545 教会の伝統が聖書と同じ権威を持っていると宣言した(Trent宗教会議)
1546 霊感を受けてない外典(non-canonical book)を聖書に加えた(Trent宗教会議)
1854 教皇ピウス9世は聖母マリアは誕生の時から原罪もなくお産の苦痛もなかったという聖母無染始胎を教理として宣布した
1864 教皇ピウス9世はローマ教会が認定しない各種市民の自由(宗教、良心、言論、科学など)を
断罪する教書(Syllabus Errorum)を発表した(Lateran宗教会議批准)
1870 教皇無誤説を宣言した(Vatican宗教会議)
1950 教皇ピウス12世によって、マリアは死んだ直後肉の身でそのまま昇天したという
聖母召昇天を正式キリスト教教理と宣言した(祝日は8月15日)
1965 教皇パウロ6世によってマリアは「キリスト教会の母」と宣言された
出典:
Loraine Boettner, Roman Catholicism, (The Presbyterian and Reformed Publishing Co., 1979), 7−9.
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